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【創作童話】バレリアン

その花がひらけばもっともっと「幸福」になれるのだと、
かあさんはいっていました。


わたしがくらす小さな国には、それはそれは大きな大きな木があります。

木の幹は天へ天へ、空にすいこまれていくようにのびていて、わたしの身長では木の先がどうなっているのか見えないほどです。
幹はどこまでもどこまでも、とおくへつづいているように思えました。

わたしたち国民は、この大きな大きな木を大切に大切にしていました。
木を守るみたいに、木をぐるっとかこむようにみんな家をたてて、いつでも大きな木を見られるように生活していました。

大きな木には、こんないいつたえがあります。


“数千年に一度、大樹はひとつの大きな蕾をつけ、

その花が開いたとき、国民に「幸福」がもたらされる”


国民は、このいいつたえをしんじて大きな木をだいじにだいじにしていました。家の窓から見える木の幹に、まいにち、あさばんお祈りをしていました。国民は、花がさくときをずっとずっと待っていました。いつか花がひらいて、自分らに「幸福」がおとずれるのだとしんじていました。

わたしは「幸福」がよくわからなくて、かあさんにききました。
かあさんは、今よりもっと幸せになれることだと教えてくれました。

わたしは、やっぱりよくわかりませんでした。

かあさんがいて、ふつうに暮らせているだけで幸せだよと言ったら、
かあさんはにこっとわらいました。


ある夜、大きな木の先につぼみがついたと国じゅうがおおさわぎになりました。
おもに大人がおおさわぎしていました。
つぼみをひと目見ようとはしごをかけて、なるべく高いところまでのぼろうとしている人もいました。

わたしの身長でも見えるくらい、つぼみはとてもとても大きいものでした。幹の先についた白い大きなつぼみを見たとき、幹の終わりはあったんだとはじめて知りました。
どこまでもとおくへつづいているわけではないんだなと、少しかなしい気持ちになりました。
つぼみはお米つぶのようにしか見えなくて、あのお米つぶひとつでさわいでいる大人たちがふしぎでした。

ぽつんとしたただの白いつぶがもってくるという「幸福」が、
わたしにはまだよくわかりませんでした。

つぼみが発見されたその夜から、国民たちはおまつりみたいにはしゃぎました。

国の中でいちばんえらいひとが、この国にようやく「幸福」がやってくるとみんなの前で話していました。
えらいひとの言葉にみんな拍手したり、泣いている人もいました。
でもわたしは、えらいひとがつぼみを作ったわけではないのに、と思っていました。

でも、かあさんがようやく「幸福」がくるよ、よかったね、とうれしそうにしていたので、わたしもうれしい気持ちになりました。


だんだんとふくらんでいく大きなつぼみに、
国民は毎日お祈りをしていました。


つぼみがひらくまで、そんなに時間はかかりませんでした。


こんばん、ついに花がひらきかけています。

花がひらくしゅんかんを、国民たちは今か今かと待っています。

見のがさないように、みんな少しも目をはなしません。
わたしもとなりにいるかあさんの手をにぎって、夜空のまんなかにある白いつぼみを見ていました。
はじめて見たときよりもはっきり見えるくらい、つぼみはふくらんでいました。

するり、と、
何か白くてうすい布みたいなものが、
つぼみからはがれたのが見えました。
布かと思ったら、それが花びらでした。

花びらが一枚はがれたとき、きいたこともない、なにかの楽器のような音が国じゅうにひびきました。
かねのような、ピアノのけんばんをぜんぶ押したときのような、げんをはじいたような、ふしぎなふしぎな音でした。

一枚の花びらがはがれたのをきっかけに、どんどん花がひらいていきます。
同時に、どんどん音が重なっていきます。
大きな花びらが一枚一枚はがれるにつれ、大きな大きな白い花が出来上がっていきました。

国民はひらいていく花から目をはなさず、きれいな音をききのがさないように、だれも声を出しませんでした。
わたしは、まるで花が自分で自分のたん生を祝っているような、
花じしんの歌声みたいだな、と思いました。

ついに、花びらがすべてひらきました。

国民たちは「幸福」でいっぱいです。

となりにいるかあさんもうれしそうだったので、わたしも「幸福」でした。


かあさん、なんだかねむいね。


わたしは、「幸福」とはねむくなることなのだと知りました。


国民たちは、じょじょにみんなねむりについていきました。

大きな大きな花にひれふすように、人がかさなっていきます。

大きな大きな木のまわりをぐるっとかこむように、ひとの山ができていきます。

みんなみんな、「幸福」そうなかおをしていました。

かあさんの手をにぎったまま、わたしも「幸福」な気持ちでかさなってくる人にうもれていきました。そのとき、かあさんの手がはなれていってしまいました。

かあさんはねむってしまったようで、
かさなったひとの中でよんでもへんじはありませんでした。

でも、わたしも「幸福」でとてもねむかったので、目をとじました。

目をとじる直前、かさなっているひとのあいだから、
大きな大きな花が、
わたしたちを見おろしているのが見えました。


わたしたちが目をあけるのはいつの日なのか、

大きな大きな花がかれてしまったときなのか。


それとも花はずっとずっとかれないのか、

わたしたちはねむったままなのか。



だれもだれも、知らないのでした。

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