連載小説 星のクラフト 12章 #6
マイクを持った司令長官は会場全体を見渡した。ざわめきは消え去り、緊迫感がみなぎっている。
「長く待たせてしまったが、さきほど彼女が説明した通り、ようやくミッションの続きを開始することができる。待ちくたびれたかもしれないが、ホテルでゆっくりと休むこともできただろう。このホテルでは大変高度なもてなしが提供されたので、みんなもこれまでの疲れがとれただけではなく、次に向かうためのパワーを充填することもできたのではないだろうか」
司令長官は会場の壁際に並んで立っているホテルのスタッフに向かって拍手をした。それに合わせて、会場にいる製作員たちも拍手を送る。
「やたらおおげさだね」
ナツもゆるく両手を打ちながら囁いた。
「徐々に隊員の気分を盛り上げていくんだろう」
ランは司令長官のあのように隊員を牽引する姿を見るのは初めてだが、数多くこなしてきた任務の中で、あらゆる人の統率する態度を目の当たりにしてきたものだった。彼らは登場する前に気分を高揚させるための音楽でも聴いたかのように、いわゆる変性意識状態に入った調子で語る。今、目の前にいる司令長官も例外ではない。
「そこまでしなくても、誰も今更不参加を申し出たりしないだろうに」
「0次元地球には帰還できないことになっているしね」
ランとナツはちらりと目を合わせる。
司令長官は壇上を歩き回り、一人一人の顔を見るかのようにふるまった。
「さて、みなさん、彼女が説明した通り、三つのパーツ以外は0次元から無事に持ち運ぶことができた。そして、その三つのパーツも我々の手で作り直した。持ち運ぶことのできなかった三つのパーツは0次元に置いたままだが、それほど問題でもない。みんなで見た通り、あの建物は崩壊した。しかし、そのパーツを作った人間がいなくなったことだけは気がかりだ。この21次元地球のどこかで行方不明になっているのではないかと心配なのだ。出発までに一週間ある。その間に、みんなも気にかけておいてくれないか。もしそれらしき者を見かけたら私の方に連絡してくれ。その者の写真を今スクリーンに映し出す。リオ頼む」
司令長官が目くばせをすると、リオはうなずき、壇上に吊るされたスクリーンに像を映し出した。
正面、後ろ側、右側、左側、立ち姿と、一枚ずつ出力する。
「ほお、間違いなく、クラビスだな」
「なんだか、犯人扱いじゃないか」
ランは不快だった。
「いやな気分だが、司令部にしてみれば、反逆者みたいなものなんだろう」
ランの気分を見抜いて、ナツが諫めるように言う。
「この者と親しかった人は今ここで手を上げてくれないか」
司令長官が全体を見渡す。
誰も手を上げない。
「一度でも会話した者は?」
マイクの声が会場に響き渡ったが、誰も手を上げなかった。
「俺たちは上げた方がいいのかな」
「我々が彼のことを知っているのはわかっているだろうけど――」
「けど?」
「向こうから指摘されるまでは黙っていよう。指摘されたら、隊長と副隊長なので当然だと思って手を上げなかったと言えばいい」
ランは変性意識状態にある司令長官をいつものようには信頼できそうになかった。
「0次元の建物がまだリンクしていること、彼らは知らないんだろうな」
ナツが究極まで耳に口を近付けて囁く。
ランはってうなずいた。
「誰もいないのか」
司令長官は不思議そうに時間をかけて全体を見渡している。
「一応、手を上げておくか」
ナツが言い、
「まあ、余計なことを言うなよ」
ランが念を押し、二人はそっと手を上げた。
スクリーンの操作をしているリオが鋭い視線をこちらに向けた。
「ラン、ナツ、君たちは彼と懇意だったのだね」
マイクの声が響き、会場の製作員が一斉にこちらを見た。
二人は立ち上がり、
「一応、これまでは隊長と副隊長だったので、彼のことは知っていますよ」
ランは前方に届くように大声を出した。
「パーツのことを何か言っていなかったか」
「言わなかったと思います」
「どうして彼はいなくなった」
「わかりません。もう、隊長ではないと考えていましたので、毎日点呼したりはしませんでした。いつも鳥を連れていたように思うので、ホテルの中庭にでもいるのではないでしょうか」
そう言うと、座るように指示され、司令長官は「クラビスのことはひとまずここまでとしよう」と宣言した。
「彼のことは必ず探し出さなくてはいけないが、ミッションの次のステップに進むことも必要だからね」
司令長官は焦っているかに見えた。
「さすがに、スケジュールの遅れがひどすぎるんだろう」
ナツがささやく。
「上から叱られたか」
ランはにやりとする。
その時、
「あのお、質問があります」
製作員の一人が手を上げた。
「なんだ。立って。ちゃんとマイクを持って言ってくれ」
司令長官は、もう一本あるマイクを製作員に渡すようにとリオに指示した。
「家族のことですが――」
マイクを持った製作員は戸惑いながら言葉を発した。
「ほうら、きたぜ」
ナツがランの腕を肘でつつく。
ランも小さくうなずく。
「家族がどうした」
「今度も一緒に連れていけるのでしょうか」
「もちろんだ」
「あのお、そもそも、家族たちはどうやってここに来たのでしょう。当初、連れていきたい家族はいるかと聞かれたとき、0次元に帰還できると思っていたので家族は連れて行かないことにしていました。なので、0次元が崩壊した時、ショックでしたが、ホテルにはどうしても離れたくない家族だけは待っていたのでほっとしました。でも、家族に聞いていても、どうやってここに来たのかは思い出せないと言うので、中央司令部がどうやってここに連れて来たのかを聞いてみたいと、ずっと思っていました。仲間でもそう話しています」
製作員が言うと、周囲にいる人々、「そうなんです」「教えてください」と再びざわめき始めた。
「ご静粛に」
司令長官は気取った調子で言い、手のひらをこちらに向けて鎮める仕草をした。
「こちらにどうやって連れてきたかを知りたいそうだが、それ以外に、家族に関してなにか問題はあるのだろうか」
気取った調子のままで言葉を続けた。
「質問に質問で答えるのはルール違反」
ナツが顔をしかめる。
ランもうなずく。
「大きな問題はありません」
マイクを持った製作員は背筋を伸ばした。「でも、なんとなく違和感があります」
「やっぱりね」
ナツが小さく、短く言う。
「違和感って?」
司令長官はまた質問で返した。
「これまでに存在したノイズのようなもの、つまり性格の癖のようなものが消え去って、ものわかりいのいい、素直で前向きな感じになっています」
「じゃあ、いいじゃないか」
肩をすくめた。「それの何が問題なのか」
「問題というほどでもありませんが――」
言いかけると、
「はい、次。何か質問は?」
そう言いながら、リオにその製作員の持っているマイクを取りに行くように指示した。
「あの、家族はどうやってここに?」
質問していた製作員の隣に居た者が立ち上がった。
「さきほどと同じ質問だ。大きな問題がないのであれば、同じ質問の繰り返しはやめるように」
司令長官は釘を刺すように言い、「他には」あたりを見渡した。
もう立ち上がる者はいなかった。
「では、一週間後、次のミッションへと向かう。再び、ここに集まるように。家族も連れていくことになるが、その日もこの場所には連れてこず、部屋に待たせておくように」
司令長官はそう言い放つと、マイクをリオに渡し、軽く一礼をして、真っ先に部屋を出て行った。
「やばいことになった」
ナツが下唇を噛む。
「家族のことか」
「そうだ。いよいよ、うちの家族も情報と素材だけを次なる場所に移動して、存在を再編成されちまうのかな。その時、ノイズを消されて」
青ざめている。
「どうする?」
「家族だけ0次元に戻すか」
ナツの顔はますます青ざめていった。
「そんなことしたら、本当に永遠のお別れかもしれないぞ」
「弱ったなあ」
頭を抱え込んだ。「俺たちと家族だけ、そっと0次元に戻らないか」
ナツはランを上目遣いに見据えた。
ランはすぐに答えられない。
しばらく黙り込んだが、
「クラビスが言うことには、あの建物周辺には地球人は一人もいないらしいけど、0次元地球ではいったい何が起きているのか。そんなところに戻るのがよいことなのか? ノイズが消されようと、次なる場所へと向かう方が正しいのだろうか。――」
次から次へと問いが口をついて出た。
「俺達には猶予が一週間しかない。クラビスとは連絡が取れないのか」
ナツの言葉に、ランは静かに「ない」と答えるしかなかった。
つづく。
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