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連載小説 星のクラフト 13章 #5

 ナツが21次元に戻ると、森は薄墨色に包まれていた。夜明けへと向かう時間帯だ。もう月明りはなく、深夜よりも辺りが見えにくい。夜風はちょうどよく涼しかった。
 スマートフォンを取り出し、
《無事帰還》
 ランにメッセージを入れてみた。眠っているだろうと思ったが、すぐに返事が返ってきた。
《お疲れ。どこにいる?》
《まだ森》
《じゃあ、樹下に居て。すぐに行く》
《了解》
 ずいぶん緊迫感がある。これからはもうスマホでやり取りはできない。
 樹下のテーブルにたどり着き、椅子に座って空が少しずつ白んでくるのを眺めていると、ランともう一人の者が合流した。
 もう一人はキムだった。
「話したのか?」
 ナツがランに向かって話すと、キムが
「私の方で気付き、隊長に話しかけました」
 聞き覚えのある声で言う。「それに――」
「それに?」
「大変な事態になった」
 ランが真剣なまなざしをナツに向けた。
「私のところに相談者が来ました。これまでも小さな問題はラン隊長に申し上げることもなく、私の方で解決してきましたから、どうということもないだろうと思って話を聞いたら、これはちょっと私一人ではどうにもできないと思いまして」
 キムが困惑した様子で太い眉を寄せた。
「何があった?」
「一人、消えた」
 ランがキムの代わりにサクッと答えてしまう。
「誰が?」
「隊員の赤ん坊だ」
「赤ん坊?」
 ナツは声が裏返ってしまった。「生まれたばかりの? まだオムツや粉ミルクの必要な?」
「そうだよ。そうじゃない赤ん坊などいない」
「だとしたら、本当に想像した通りだ」
 ナツはにやりとする。
「想像した通りって?」
「実はな――」
 ナツは0次元で起きたことを二人に話した。
「ということは、ここに居たセカンドタイプの0次元に赤ん坊がワープした? あるいは、原型が動き出せばセカンドタイプは消える、とか」
「詳細な道理はまだわからない。でも、ある地域の0次元では時間が何者かによって止められて、固まったまま動けなくなっていることがわかった。静止している。その人々を目覚めさせていくと、おそらく、この21次元のセカンドタイプは消失してしまう。もちろん、まだここに居るのがセカンドタイプと決まったわけでもないが」
 ナツは顎鬚を親指と人差し指で撫でながら、今はここにいないインディチエムの姿を樹木の中に探そうとした。
「一体、何が起きているんでしょう」
 キムはまだ事態の全貌がつかめていないようだ。
「キム、後ですべてを話すよ。今は説明する時間がないんだ。とにかく、手続きを前に進めていこう。決して、このことを上部組織には話さないでほしい」
「隊長、了解しました。必要なことだけ話してください。何がどうなっているのかわかりませんが、隊長に従って、私もお手伝いいたします」
 キムの言葉を聞いて、ランは長年の仕事仲間に感謝した。今までにも、様々な無理を言ってきたが、キムの立場からすれば、今回ほどわかりにくく、不親切な依頼はないだろう。
「助かるよ」
 心からそう思った。
「まず、明日の夜、隊員のうちの特にものわかりのいい奴を選抜してここへ呼び出す。ここの家族に違和感を感じている奴らがいいだろう。まずは少人数だ。家族の人数も少ないのがいい。呼び出す際には、21次元最後の祝杯だと伝える。この件はキムがやってほしい。その偽の祝杯中に、奴らの0次元にいる家族達を目覚めさせ、なおかつ、0次元の船体室まで呼び寄せる。これはナツがやる。ナツとキムで相談して、誰を選抜するかを決めて、遂行してくれ」
 ランはいつしか、隊長らしい口調に戻っていた。
 キムにとっては「0次元の船体室」は次元間移動の直後に崩壊したはずのものだが、現時点では「どうして?」と質問もしない。「今は時間がないから速やかに」と最初に伝えたことが直ちに理解されているのだ。
 ランの言葉に、二人とも真剣な表情でうなずいた。
「船体室に家族たちが来ると、いったんここに居る隊員たちをそこに送り届け、感動的な再会をさせる。それから隊員だけをもう一度こちらに呼び戻し、各々のホテルの自室に行き、虚像の家族たちが居るかどうかを確認してもらう。予想では、というか、間違いなく消えているだろう。そこで全てについて納得した彼らをさらに説得し、他の隊員全員を0次元に戻す作業を手伝ってもらう。そうなると、虚像のセカンドタイプと思われる家族までをも0次元へと送り返す必要がないから、急いでやれば、一週間以内に完遂することができるはず」
「荷物はどうする?」
「最初の隊員は手ぶらで来させ、事情を把握してから荷物を移動する。残りの隊員を0次元に戻すターンでは、最初から荷物を持って来させよう。そんなに荷物は多くない。家族は別便で来たという奴らは、どのみち家族の荷物はなく、自身のものしかないはずだ」
 ランはテキパキと二人に指示を出した。
「もし、そうじゃなかったらどうしよう」
 ナツが急に不安そうに言う。「俺の間違いだったら。21次元にいる家族が虚像じゃなかったとしたら」
 それを聞いてランはあきれてしまう。ナツ自身の目で赤ん坊の復活を確かめてきたくせにと思ったが、口にしなかった。緊迫感のある仕事の途中ではよけいな一言だ。
「その時は、その家族も0次元に戻すしかない。セカンドタイプと原型が鉢合わせした場合にどうなるかはわからない。そうなったら、その時考えよう」
 ランの言葉に、二人は大きくうなずいた。
「さっそく、二人で話し合い、朝食には何食わぬ顔でいつものようにビュッフェを楽しんでくれ。上部に異変を感じさせないことが何よりも重要だ。日中に仮眠を取り、選抜した隊員に事情を話して準備しておくように。今日の夜7時をここでの集合時刻としよう。そして、一時間後の8時には0次元にいる家族を目覚めさせて船体室に待機させる」
「了解」
 三人はそれぞれに右手を打ち合わせて、成功を祈願した。

つづく。

#SF小説
#星のクラフト
#連載長編小説

 

 


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