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連載小説 星のクラフト 11章 #5

 到着したホテルには、やはり年長のシェフが居て、一日目に宿泊したホテルと同じように二人をもてなしてくれた。
「ここは最初のホテルとほとんど同じようだけど、本棚はなかったね」
 深夜、ベッドにもぐりこんで眠る前にローモンドが呟いた。
「通常は本棚なんてないのかも」
 最初のホテルで、シェフが本のことをそれほど気に留めていなかったことが思い出される。持って行っても構わないとさえ言ったのだ。
「ローラン、やっぱり、客の誰かがそっと差し込んだってことかな」
「たぶん」
 はっきりしたことはまだ何もわからない。最初のホテルでローモンドが廊下の片隅に本棚があるのを見つけ、その一番下の左奥にあった一冊の本に目が留まって引っ張り出し、その後、それはローモンドが青実星に居た頃に乳母から朗読してもらったものだと気付いた。その後、私が通常よりもこの道行きをのんびりと進める気になって、ほとんどルート外れの宿泊所に立ち寄ったところで、もう一冊同じ本を発見した。そして、急にローモンドがこれは自分自身の予言書であると言い始めて、床に落ちていたクリーム色の羽根を拾って別次元へと旅立ってしまった。中央司令部の計画からすれば何もかも予想外であり、イレギュラーなことのはず。
 ふと「あの本を差し込んだ人は誰だったのかな」と言おうとしたが、ローモンドの寝息が聞こえてきた。彼女の言う事が正しければ、彼女はクリーム色の羽根を拾った後、半日で六十年の時間を体験してきたことになるのだ。恐ろしく疲れているに違いない。
 私は明かりを消した天井を見上げた。カーテンの隙間から漏れてくる月明かりが神秘的な青い陰影を作り出していた。
 淡い光を見ていると、本のエピグラフに書いてある言葉が蘇ってきた。

《わたしはあなたの愛を信じます、これをわたしの最後の言葉とさせてください。》

 あれは詩だろうか。どこから引用しているのだろう。このエピグラフはローモンドが別次元で発見した原本にも書いてあったのだろうか。それとも、写本した誰かが、原本にはないものを付けたのか。
 だとすると、ローモンドが別次元で見つけた「写本には書いていないが、原本には書いてあること」が、彼女の言った通りに《書いていない》であるならば、翻って、この写本の冒頭に付与されたエピグラフこそがその答えかもしれない。《最後の言葉とさせてください。》との宣言は、今後は言葉を使わないと言っているのだから。
 ひとたび愛を信じたと言った後は、それを覆す言葉を使いはしない。それは二度と疑いもしないと言っているわけではないが、他の言葉と同様に、疑いの言葉も発しないとの決意だろう。
 あの大量に言葉を使って紡がれた分厚い本の冒頭に、「もう言葉を使わない」との暗示を書き込んだのは誰だろう。そして、あのホテルの本棚に、密やかに一冊の本を差し込んだのは誰なのか。
 最初のホテルの部屋で、ローモンドは乳母の朗読を思い出して、「本は鳥の形を模したものだ」と言った。左右の頁は両翼であり、紐の栞は尾、頁に書き込んでいくペン先となる羽根。
 一羽の鳥の姿や存在は一冊の本なのだろうか。
 あのホテルの中庭で見たクリーム色の鳥や、次の宿泊所で現れた白く光る鳥もそうなのか。それは命のある一冊の本。本棚で見つけた本の表紙にも、その鳥と思われる絵がある。そう言えば、ローモンドは青実星に居た頃、ひたすら湖で鳥達と遊んでいたのだった。
 鳥達は嘴を動かして言葉を発することはない。決まった文字を地面に書くこともない。ただ柔らかな囀りや、甲高い鳴き声、互いを呼び合う合図を使う。枝に止まる姿や、落ちている羽根を記号として用い、驚くほどにうまくコミュニケーションを取ることがあったとしても、人が考える厳密な意味における「言葉」は使わないだろう。
 それはまるで《わたしはあなたの愛を信じます、これをわたしの最後の言葉とさせてください。》と言っってしまった後の、決意の姿にも思えた。

つづく。

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#星のクラフト
#連載長編小説
 

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