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連載小説 星のクラフト 9章 #2
ローモンドは清々しい瞳でまっすぐに私を見た。
「じゃあ、もう行くね」
「ちょっと待って。教えて欲しいの。もしも、お嬢様たちの予定した通り、寄り道などせずにミッションに向かっていたら、どうなっていた? ローモンドとはずっと一緒に居られた?」
歩き出そうとするローモンドの手を取った。
「わからない」
寂しそうに微笑む。「もしも一緒にその村に向かっていたとしても、どこかで私はクリーム色の羽根を拾うことになる。そして、新しい存在となり、原本を探しに出かけるのだと思う。そうでなければ、おばあちゃんがあんなに必死になって私に文字を教えたりはしないはず」
もう運命を受け入れているらしい。
「ローモンドがローモンドではなくなるなんて」
私はまだ受け入れられない。
「ローランたちも、そもそも地球探索要員として育てられ、どこかでその記憶を剥奪され、捏造された記憶を埋め込まれて地球人になる予定だったのでしょ? その運命を受け入れているはず」
ローモンドが私のことを「ローランたち」と言ったのにショックを受けた。
「それが成長。それが卒業。それが生きるということ」
彼女はすっかり達観した大人になってしまったようだった。
「希望があるの?」
私はクリーム色の羽根を指した。
――あんなものに。
「あんなものに、なんて言わないで」
相変わらずローモンドは私の内心を聞いている。
「だって、ただの羽根でしかないじゃない」
涙が止まらない。
「ローラン。あれが希望。ああいうのが、希望」
まっすぐに指す。「ささやかなもの」
「そんな――」
「大丈夫。ローラン。きっと、私が次のタイムラインへと移ったら、私のことなんか忘れるはず。私達は人間に似ているけれど、人間じゃないから、切り替えがうまくいくの」
「私のこと、人間みたいって、さっき言ったじゃない」
ついに怒り出してしまった。
「言ったよ。だんだんと人間らしくなっていく。ローラン、きっとこれが、お嬢様たちが考えた、ローランを地球に根付かせるためのプランだったに違いない。だから泣いている。お嬢様たちは成功した」
ローモンドは窓の外を見た。「私だって不安。羽根を拾って、本当に新しいタイムラインに行けるのかどうか。博物館で勤めるなんて、一体どういうことかわからないのだから。でも、原本にだけ書かれていると言われている真実を見に行きたい」
きっぱりと言う。
私が忌々しそうにクリーム色の羽根に目をやると、わずかに床から浮き上がり、ぼおっと光を放ち始めた。
「ほんとにもう、行かなくちゃ。ローラン、これ、あげる」
ローモンドはポケットから《鳥の形の鍵》を取り出した。青い石が輝いている。
「いいの?」
「だって、私はもう要らない。この後、ローランがどうなるかはわからないけれど、もしも記憶がなくならなかったら、ローランの家に戻って、私が乗っていた《鳥の形》に乗ってみるのもいい」
「円盤?」
「そう。あれにもナビが付いているから、行きたい星に行けるはず」
ローモンドは私の手を取り、鍵を握らせてくれた。もう、私よりも年長の懸命な女性に見えた。
「じゃあ」
最後に満面の笑みを浮かべると、ローモンドはクリーム色の羽根の傍に行き、少しもためらうことなくそれに触れた。
「あっ」
ローモンドの腕は徐々にクリーム色の羽根になり、やがて全身が羽毛に包まれた。
彼女は鳥になった。
《失くしていた鳥の形はこれのことだった》
テレバシーで伝わってくる。
「どういうこと?」
《ローランと会った日に、私が失くしたと言っていた鳥の形。円盤のことじゃなかった》
そう言うと、鳥になったローモンドは羽根を羽ばたかせて部屋の中でふわっと飛び上がり、窓を嘴で激しく突っついて、窓枠ひとつ分を全部割ってしまうと、一度こちらを振り返った後、外に飛び出し、空高く飛び立っていった。よく晴れた青空の中に、白い点となって消えた。
私は唖然とし、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「ローモンド」
まだ私の記憶は無くなってはいない。ローモンドがさっきまでそこに居たことを忘れるはずがない。壊れた窓の向こうの青空が嘘のようだ。眩しすぎる。それから、部屋に目を戻すと、
「ああっ」
私はあまりに驚き、座ったまま後ろに転げそうになった。
床の上に、また一本の羽根がある。窓から吹き込んでくる風に柔らかく羽毛を揺らしている。
きっと、さっき鳥になったローモンドが飛び立つ時に落とした羽根だろう。
「まさか。あれを拾うと、私も?」
にじり寄るようにして、羽根の傍まで行った。
「私も、博物館に勤めるタイムラインに?」
急に、肩から腕に掛けて、寒気が走った。
「それが希望?」
私はこれを拾えば、ローランであることを止めて、そのタイムラインに接続し、これまでのことを忘れて生きていくことになるのか。そして、いつの日か、あの写本の原本を発見し、写本には書かれていない重要な啓示に辿り着くのだ。つまり、ローモンドには会えないが、ローモンドと同じ道を辿ることができる。
「それとも――」
ローモンドから貰った円盤の鍵を見つめる。
青い石にうっすらと付着した曇りは、ローモンドが握っていた時のものだ。だから、彼女がそこに居た証。
背中に汗が流れる。
涙は止まった。
しばらく、その鍵を見たまま、深呼吸を続けた。
「私は、私の道を行く」
決然とし。その鍵を胸に当てた。
「この先、どうなるか、わからないけれど」
再び涙が一筋流れた。手の甲でそれを拭こうとすると、どこからか。甲高い鳥の鳴き声がした。ローモンドが割った窓の外からだ。
「もしかして、クリーム色の鳥?」
涙を拭きながら立ち上がって窓の外を見ると、庭にある樹木にぼおっと光るものが見えた。昨日、ホテルの窓から見えた鳥だろうか。
「ローモンド」
つい、そう呼んでしまう。「まだ、そこに居るの?」
そんなはずはない。
――でも。
ぼおっと光る鳥は枝から枝へと飛び移り、葉を揺らし、やがて、ローランのいる部屋の中に、一筋に飛び込んできた。
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