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連載小説 星のクラフト 11章 #6

 翌朝、外はからりと晴れ上がった。
 食堂での朝食の時、前回のホテルと同じように、宿泊客はローモンドと私しかいなかった。ここでもローモンドは《カオリ》と名乗り、言葉を発することができない設定をシェフに教え込んだ。前回とは違って、このホテルのシェフは何も疑う様子はなく、私が何かを言うと、何についても「そうですか」と言い、従順そうな目は無関心の色を帯びていた。無関心に徹することが、自身を守護することだと決めているかのように。
「この辺りで村ひとつ分の人間がいなくなったエリアがあるのをご存知ないですか」
 食後のコーヒーを届けてくれたシェフを呼び止めた。
「お嬢様がそんなことを仰っていましたね」
 シェフの笑顔は、そんな戯言を、と言いたげだった。
「実際には、そんな噂はないってこと?」
「どうでしょう。私は中央司令部から派遣されてここでシェフをしているだけですから、周辺の噂には疎いものでして。宿泊客と言っても、結局は中央司令部が把握している人しか来ませんからね。地球の人間と接触することはほとんどありませんから」
「テレビや新聞は?」
「一応ございますけど、興味もないし、そのような村ひとつ分の人間がいなくなったエリアについて報道されたことはなかったと思います。新聞を隅から隅まで調べたわけでもありませんが」
 肩をすくめる。
「建物が崩壊しているのを見た事もない?」
「ございません。私はここからはほとんど外には出ませんから」
 そう言うと、お盆をお腹に抱えたままお辞儀をして、テーブルを離れてしまった。
 ローモンドと二人で宿泊室に戻ると、今後の道行きをどうするか話し合った。お嬢様たちとはまだ連絡が取れない。中央司令部の設置しているナビシステムとはスムーズに連携し、自動運転も予約も今まで通り作動しているが、お嬢様だけではなく、ガードマンとも、そして、出発地点だった住居を訪れる仲間たちとも連絡は取れないままだった。
「地図で見れば、お嬢様が調査するようにと言ったエリア近くまで来ているらしいけれど、探索は難航しそう」
 私が言うと、ローモンドも反論はしなかった。
「もしかして、中央司令部にある集合記憶装置の破壊が進んでしまって、誰もかれもが過去の記憶を失くしてしまったのかしら」
「可能性はあるわね。スマホの日付は、ローモンドが別次元で過ごした六十年はなかったことになり、今日は出発してからきちんと三日目の朝なのだけど、それはこの次元だけのことで、お嬢様のいる中央司令部のある星でも、数十年分の時間が過ぎ去っている可能性はある。記憶装置が吹っ飛んでしまったら、刻んできた時間ですらなくなってしまうのかもしれないし」
「それはいえる」
 ローモンドは頭に手をやり、自身の髪を撫でていた。「髪は昨日切ったけど、あんなに伸びていたのだから、私が別次元で過ごした六十年は夢じゃなかったはず」
「しばらくここに滞在して、じっくり探してみるしかなさそう」
「ここより近いホテルはなさそうだしね」

 シェフに長期滞在の許可を取った後、まずは《崩壊した建物》があるとされている地点まで車で移動することにした。近いと言っても、日中の移動であれば半時間はかかる。それに、中央司令部が衛星から撮影した写真しかないので、明確な地点に辿り着くのはそう容易ではではないはずだ。
「根気がいる作業になりそうよ」
 運転席でナビシステムに必要事項を入力していると、徐々に心地よい緊張感を覚え始めた。
「ローラン、意外と楽しそう」
 助手席に座ったローモンドはちらりとこちらを見た後、地図を読む練習をし始めた。
 ローモンドの言う通りかもしれない。地球探索要員として地球に派遣されてから、あの住居の周辺を歩いて撮影したものを送付したり、健康診断を受けて太陽光などの地球環境が身体に及ぼす影響を報告したりしてきたけれど、それほど意味があると思える仕事などひとつもなかった。今、やっと、その仕事を担った気がする。
「やりがいは感じているわ」
 車のスイッチをオンにすると、二人の乗った車体は《崩壊した建物》がある地点へと向かって、じりじりと進み始めた。

つづく。

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