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連載小説 星のクラフト 11章 #9

「どうして、その部分だけは画像なんだろうね」
 人間がひとり抜けられる程度の大きさの円。それは他のガラス部分と同じ色を反映している画像なのだという。私の視力では確かめられないものの、ローモンドの言葉に嘘はなさそうだった。
「ひとつには他のガラス部分とは同じではないことを表している」
 ローモンドはうっすらと汗を掻き始めていた。「丸い形に切り取られているのよ。その内側と外側を分ける境界線はほとんど見えないように」
「だましてるってこと?」
 私の問いに、ローモンドはうなずいた。
「そして、もうひとつ、切り取られているということは、あの部分は開閉するんじゃないかな」
 ローモンドは天井に向かって人差し指を差し出し、くるりと円を描いた。
「全部ガラスのわりにはひとつも窓がないけれど、その円の部分が窓になっているってことね」
 明確にはどの部分かわからないけれど、ローモンドが指している辺りを見つめた。
「ローラン」
 ローモンドが唇に人差し指を当てて、密やかな声を出した。
「どうしたの」
 私も声をひそめた。
「音がする」
「なんの?」
「足音」
「どこから?」
「一階の――。あっ」
 ガラスの床を見ると、男が一人、作業部屋に入って来たのが見えた。そして、宿泊室のある方の扉を出て行った。
「人間かしら。人間って、居たのね。二階に来るかも」
 私達はそっとガラス部屋の外に出て、テーブルのある部屋の壁際に身をひそめた。
「階段、上ってくるわ」
 ローモンドが表情をこわばらせた。
「怖がる必要はないわ。村ひとつ分の人間がいなくなったエリアとはここのことかと聞いてみましょう」
「怖くない?」
「一人だったし、武器らしいものは何も持っていなかったから」
 私が言い終えると同時に、男は階段を登り終えた。
「お二人さん、何してるの」
 最初から私達が入り込んだのを知ってやってきたのだ。
 男は黒髪と白髪の混じり合った長髪を後ろでひとつに結んでいる。日に焼けた肌とがっしりとした体格から想像できるのは、野山をかけて獲物を探す猟師。
「探し物をしているの」
「どんな?」
「村ひとつ分の人間がいなくなった場所がこの辺りにあると聞いて、その場所を探してる」
「ほお」
 男は私達をじろじろと眺め回した。「誰に聞いたの」
「上司」
 そう言うと、男は私達の目をまるで検査するかのごとくまじまじと見た。
「君たちも地球人じゃないんだね。目を見ればわかる。その上司とやらは、中央星にいるんだろう」
 表情を緩ませた。「名前は?」
「ローラン。この子はここでは《カオリ》」
「ここではって?」
「事情があるの」
 きっぱっりと言うと、「そう」とだけ言い、それ以上の詮索はしてこなかった。
「私の名はクラビス。君たちと同じように地球人ではない。そして、君たちの言っている村ひとつ分の人間がいなくなったエリアとはこの辺りのことだろうね。生き物がいて、人間に似ていたとしても、それは人間じゃない。というか、地球人じゃない。まあ、私や君たちも地球人じゃないけどね」
「異星人はいるってこと?」
「ごくわずかに、だけど」
「地球人たちはどこへ?」
「違う星に行った。本人たちが納得しているかどうかはわからないが、連れて行かれた。誘拐じゃないけれど、深く考える前に承諾してしまった感じかな」
「どこから?」
「そりゃあ、あそこから」
 クラビスはガラス部屋を指した。
「あの切り取られた円ね」
「よくわかったね。ほとんどわからないように作られているのに」
「《カオリ》が発見した。壁も床も天井もガラスなのに、その部分だけは画像だって」
「ちょっと惜しいね」
 クラビスは《カオリ》を見た。「あれは床以外、全部液晶画面なんだ。そして、通常は外の景色を反映し、ガラスの中に居るかのように設定してある。天井には天井があるように見せることもできる。そして、円の部分だけは液晶ではなく、液晶部分を反映する鏡がセットされている。眼の盲点みたいなものかな。歪みがあって、正しく反映されないこともあるけれど」
「あの円から、どうやって別の星に? 今すぐに、私達も行ける?」
「君たちならすぐにでも可能だろうね。通常の地球人にとっては想定外過ぎて精神的に問題が起きるかもしれないけれど。要は物理的には可能だけれど、精神的に難しいってこと。これまでに学んできた物理法則とか、そういったものが崩壊するからね。それに、移動した先の星では、この建物がまだ残っていることは伏せられたままなので」
「どうして?」
「さあ、誰がどこまで分かっているかは知らないが、この建物は崩壊したものと信じられている」
 クラビスはガラス部屋と続く扉を開いた。「暑いな」眩しさに目を細めた。
「その台座には何があったの?」
「次元移動の為の船体だよ」
「やっぱり宇宙船」
 ローモンドが口にして、あっと口を両手で塞いだ。
「《カオリ》も話せるのか」
 クラビスは大笑いした。「演じなくてもいいよ」
 私とローモンドは目を合わせ、頷いた。
「本当の名前はローモンド」
 ローモンドが自分から言った。「あなたとはどこかで会った気がする。それに写本の表紙の絵にもなっているし」
 そう言うと、クラビスの表情が真剣なものに変貌した。
「知っているのか、その本」
「知っているというか、持っている」
 それを聞いたクラビスはローモンドの目を真直ぐに見て手を取った後、親指と人差し指を丸くして唇に当て、高らかに口笛を吹いた。
 建物のどこからか甲高い鳥の鳴き声がして、やがて、クリーム色の鳥が一羽、ガラス部屋の中に舞い込んできた。

(11章了)

#星のクラフト
#SF小説
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