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連載小説 星のクラフト コラム5

 私の名前は滝田ロダン。
 鳥や虫、花や草、樹木から聞いた話を書き留めるのが仕事。

 連載小説『星のクラフト』の骨子を引き下ろす作業は11で完成したつもりでいた。小説の制作でもっとも体力を使うのはこの骨子を引き下ろす作業で、肉付けや推敲、校正では大して体力は使わず、ひたすら楽しいものだ。なので、このもっとも体力を使う作業を終えた私はほっとして、身体を休めたり絵を描いたりして過ごしていた。

 今日(2023年11月20日)は秋空の美しさに誘われて、森の向こうにある公園へと足を運んだ。紅葉が眩しいほどに木々を染めているはず。
 期待以上に美しい銀杏並木や桜林を歩き、鳥達の姿を見て楽しんでいたところ、美しい羽根の導きと囀りに導かれた。誘導に任せて公園の中の歩道を歩いていると、ある地点でヒヨドリが明らかに「コッチ」と鳴く(この「コッチ」は比喩ではなく、本当に「コッチ」と金属音で鳴く)。
 その声の方へと歩いて行くと、子供たちが備え付けの遊具で遊んでいる広場に出た。2019年頃から春夏秋冬、隅々まで散策して楽しんできた公園だが、よく考えてみると、この子供たちが遊ぶ広場だけは目にしても見ていなかった。もちろん何度も横を通っている。時には通り抜けることがあったとしても、その先にある杉の木の天辺にヒヨドリがいないだろうかと見つめながら歩いているので、遊具はひとつも見ていなかった。
 初めての光景を見るかのように新鮮な気持ちで立ち止まり、私は子供たちが遊んでいる遊具を真剣に眺めた。
 白いポールの上に赤い三角の屋根がついたものがふたつあり、それぞれを青い鉄の棒で作られた橋が結んでいる。その鉄の橋に上る階段状の梯子と、滑り台がある。少し遠くからしゃがんで見ると、手前には鉄の湾曲した棒が立っている。
 ――どこかで見た感じがする。
 しばらく考えてみて、『星のクラフト』の最後のシーンを飾った絵だ。
 と気付いた。ということは、この遊具が、『星のクラフト』の移動する建物となる。
 こんな身近に物語に登場する建物があったとは! 
 それにしても、この遊具は盲点だった。じっくりと眺めて見たかったが、子供たちと親たちがたくさん居たので諦め、私は次に物語の中に登場する「ガラスの壁で囲まれた部屋」について思いめぐらし始めた。
 二か所は特定できている。ひとつはカフェラミルで、もうひとつは〇〇だ。〇〇の上には学校のあることはわかっている。「ガラスの壁で囲まれた部屋」の上にあるものは、小説の登場人物たちが建物を出てすぐに接触したものであるはずだ。「建物=遊具」とするならば、その上に「学校」があるのは納得できる
 では、カフェラミルの上には何があったか。思い出せない。私は確かめるために現地へと行ってみることにした。
 すると、スーツファクトリーだった。
 ――学校と、スーツファクトリーか。
 確かに、公園の遊具で遊ぶ子供たちが、その遊具を出た後、順番に辿り着きそうなコースではある。
 ――なんとなく皮肉っぽいなあ。
 その後、私はタリーズに行った。珈琲とパンを注文して席に座ると、やはり目の前が一面のガラス窓だった。ガラス窓には世界地図が貼ってあり、どういうわけか日本だけは地図の中になかった。ここが日本だからだろうか。日本に住んでいると日本は外側にはない。とすると……。
 ――遊具に住んでいる時には遊具は外側にはない。
 それが盲点というものか。
 私にはあの遊具が見えなかったのだから、ひょっとしたら、ついさっきまで、あの遊具の中に住んでいたのかもしれない。冷や汗の出る解釈だ。
 続いて、このタリーズが三つ目のガラスの壁の部屋だろうと考えた(物語のガラスの壁の部屋は三方にガラスの壁があるのだから、分解して地上に存在すると考えたなら、ガラスの壁のある部屋は三つ必要だ)。
 ――じゃあ、このタリーズの上階には何がある?
 さっそく調べてみると、企業の事務所だった。
 改めて、子供たちが遊具を出た後のコースとして、「学校➡スーツ➡事務所」と並べて考えてみると、大いに納得できる気がしないでもない。
 しかし、『星のクラフト』ではガラスの船体室の天井から外に出た後、ガラスの天井は「建物ごと一枚の絵画とオブジェになってしまったのだった。つまり、学校、スーツ、事務所はない。

 タリーズを出て、私は街の中を歩いた。
 ――今、私はどこにいるのか。
 あの公園の遊具の周囲には本気度の高い森がある。だから森の人だ。
 あるいは、学校にも行かず、スーツも着ておらず、事務所にもいないで街を歩いている、だから街の人だ。
 やがて家に着いた。
 ――そうか、これで家の人、だ。

 そこでふと考えた。『星のクラフト』では、登場人物たちは地球から外に出るつもりで建物の中に居て、接続ポイントが向こうから接近し、軌道に乗ったことになっているが、実のところ、逆ではないか。

 彼らはどこかの星から来て、今、やっと地球に辿り着いたところなのだ。

(完)

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