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連載小説 星のクラフト 11章 #2

 光る鳥はいなかった。
 窓の外は夜の闇に包まれていて、樹木に止まる鳥もいない。
「ローラン」
 再び、部屋の中で声がした。
「誰なの」
「わたしよ、わたし」
 目を擦ったが見えない。入り口にあるスイッチを入れて、電灯に明かりを灯した。
「ね、わたし」
 明かりのすぐ下に立っている。
「ローモンド?」
 鳥になって出て行ったのではなかったか。ローモンドなのだとしたら、短く切り揃えて黒く染めたはずの髪は、元通りの金髪になっている。どうにか調達して着せた地球の子供らしい服装ではなく、淡いグレーのワンピースを着ている。もちろん、鳥の姿でもない。

 ――初めてあった頃のローモンドにそっくり。

「そう。ローモンドよ」
 そう聞いて、私は驚いた。
「羽根を拾って、出て行ったのではなかったの?」
 駆け寄り、肩を抱き寄せる。まだ、実感がない。
 ローモンドは黙ってうなずいた。
「じゃあ、一瞬で、戻って来たの? でも、髪が――」
 肌は出て行った頃と同じ子供のようだったが、髪は伸び、表情は大人びて見えた。
「一瞬じゃなかった。六十年くらい、別の場所で生きていた」
「まさか」
 あり得ないだろう。
「ローラン、私もまさかと思うけど、ここに立っているのなら、別の場所で生きて、戻ってきた。そういうことかな」
 柔らかくはじけるような笑顔を見せる。
「やっぱりローモンドだ」
 信じられない気持ちで、その笑顔を見た。
「だから、さっきから、私だって言ってるのに」
 唇を尖らせる。
「六十年も、別の場所で生きていたって、どういう意味?」
 私は光る鳥の眩しさに目を細めているうちに眠ってしまったから、昼だったものが夜になっている。だけど、それは六十年という長さではない。
「ローランもここで六十年くらい眠っていたんじゃない?」
 くすくす笑う。「だって、髪が伸びてる」
 指摘され、肩辺りに手をやると、著しく髪が伸びていた。

 ――長い。

「ほんとに長い」
 ローモンドはなんどもうなずいて見せた。「ショートヘアだったのに」
 ということは、私も六十年、眠っていたのだろうか。
「ところで、あの本の原本とは出会ったの?」
 ローモンドが旅立つ時、予言書にある通りに旅先で原本を探して、写本には書いていない真実を発見するのだと言ったのを思い出した。そのためにクリーム色の羽根を拾ったのだ。
「出会った。本の形ではなかったけれど」
「どんな形?」
「洞窟や、学者たちの研究や、ものの形、とか――」
 明確な言葉が見つからないらしく、眉を寄せながら首を傾げて天井を睨んだ。
「で、写本に書いていない真実ってのは?」 
 ローモンドの腕を取って床に座らせ、私もその横に座り込んだ。「真実が書いてあったのなら、教えてちょうだい」
「書いてなかった」
 ローモンドはいたずらっぽく微笑んだ。
「見つからなかった、ってこと?」
「そうじゃない。ただ、書いてなかったの。それが答え」
 きっぱりと言う。
 一文字に結んだ唇が大人びて見えた。ずっと成長したのだ。にわかには信じられなかったけれど、事実だと思うしかなかった。ローモンドの中に生まれた記憶の湖が大きく、深く、私達の間に横たわっている。
「ローモンド、六十年も、どんな風に生きていたの」 
「ローモンドとしてではなく、別の女性だった。名前は――、ん? もう忘れた。ほとんどもう記憶もない。ただ、やっぱり鳥が居て、私を導いていた。いろんなことがあったのよ。楽しかったし、寂しかったし、悲しかったし、嬉しかった。そして、写本に書いていない真実、原本にしかない真実は、まさに《書いていない》ということ」
 ローモンドの目を覗き込むと、ありとあらゆる経験の溶け込んだ感情と、原本にしかない真実を発見した自信による聡明さが、瞳の中に深さと澄んだ明るさを与えていた。
「私としては嬉しいけれど、どうしてここに戻ってきたの?」
「わからない。死んだわけじゃないと思う」
「その女性はまだ生きているってこと? ローモンドがその世界で生きた女性」
「たぶん」
 少し寂しそうに目を伏せた。
「どうして生きていると思うの?」
「私、やっぱりその時《鳥の形》になって、でも、その時にはまだその世界で生きている六十くらいの人間の女性だったから、ああ、私、死ぬんだって思った。人間ってそう考えるのかな。だけど、すっかり《鳥の形》になってから振り返ってみると、その六十くらいの人間の女性はまだ生きていた。立ち上がって、普通に、元気そうに歩いていたのよ」
「ゾンビみたいになったのかしら、その人」
 私はローモンドのいなくなった六十くらいの《人間の形》を想像する。
「やだ」
 首を激しく横に振る。
「ごめん」
 謝っても、ローモンドは頬を膨らませて私を睨んだ。

 ――あ、これは本当に、ローモンドだ。

つづく。

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