連載小説 星のクラフト 8章 #3
「オブジェの中に光が吸い込まれていく」
ナツはオブジェの窓に光を当てながら、目を凝らしていた。
「やっぱりブラックホールか」
ランはいよいよ寒気がし始めた。
――だけど。
もしもブラックホールだとしたら、どうして、あの誤って鍵を装着してしまった日、夜空を飛行した後、このオブジェの中に突入し、そしてここから出てきたのか。
「ブラックホールって、宇宙の彼方にあるものだろう。こんな俺たちの前に現れたりしない」
あくまでも楽観的なナツだ。
「観測できるものが宇宙の彼方にあると言っているだけだ。目前にあっても観測できないだけかもしれない」
「だとしたら、目の前で観測できているブラックホールのオブジェです、なんて、おかしいだろ」
「これまでの常識では、ということだ」
ブラックホールである可能性を否定してはいけない。もしもこのオブジェが誤って破壊された時、どうなってしまうのか、予測不能だ。
「こだわるね」
ナツはオブジェを置いて、腕組みをしてランを眺め回した。
「ラン、蒼ざめているよ。それに、震えている」
確かに、手が震えていた。
これまでにも、次元間を調整する任務を何度も果たしてきた。ラン自身には帰るべき家もなく、故郷らしきものを認識できなかったから、次元間勤務の途中で宇宙の彼方に消え去っても怖くはないと思ってきた。それなのに、ブラックホールが目の前でぱっくりと口を開いていると考えると、身体の震えが止まらなくなる。
「ラン、お前、何か、隠しているな」
ナツはランを見据え、髭を撫で始めた。
「話すよ。でも、今、ここでは無理だな」
ランは眼を閉じた。どうせ監視されているだろう。
「なんで?」
「分かっているだろう?」
ランが言うと、ナツは、しばらく沈黙し
「まあ、そうかもな」
あっさりと同意した。「あ、それより――」
ナツは再びオブジェを手に取った。眉を寄せて見つめる。
「なんと。扉に取っ手が付いている」
「最初からでは?」
「いや。さっきはなかった」
ランはオブジェを受け取り、扉部分を見つめた。確かに出来たばかりに見えなくもない。取っ手部分だけは真新しい金属の色が塗ってあった。
「じゃあ、進化、しているのか。勝手に――」
そうとしか思えない。
「だとしたら、ラン、やはり、これは0次元からここに移動した日に発生したオブジェなのかもしれない。屋根の板の筋は艶やかに磨かれたのかもしれない」
「誰に?」
「さあね。だとしたら、って言っているじゃないか。これが勝手に進化しているのだとしたら、ということだ。勝手に、なんて言っても、サムシンググレイトとやらがやっているのかもしれないだろう」
ナツはふざけている様子もない。
「このオブジェが登場したのは、上部組織にとって不本意だったのかな。クラビスの言う通り、3D映像で0次元は崩壊したかのように見せることだけが目的だったとしたら」
「そうかもね。超高速で移動した場合、ブラックホールらしきものが発生することはあると聞いたことがあるよ。計算上の話だろうけど」
ナツもオブジェを忌々しく見つめていた。気楽なオブジェに見えたとしても、もしも本当にブラックホールだとしたら、軽率に扱うことはできない。そのことに気付いたのだ。
「ラン、それにしても、隠し事の件はいつ、どこで話してくれるのかな」
ナツは笑顔を見せたが、いつものおどけた顔つきではなかった。
いよいよ、事態の複雑さに気付き始めている。
「明日、朝食の後、クラビスと会った森のテーブルで会おう」
真面目に聞くなら、話してもいいだろうとランは思った。
つづく。
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