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連載小説 星のクラフト 11章 #8

 建物の中は薄暗く、しんとしていた。窓ガラスと、たった今開けた扉から差し込むわずかな光が空気中の埃を浮かび上がらせている。
「明かり、点くかしら」
 目を凝らして壁を隈なく見て、スイッチの在り処を探し出した。オンにすると、天井の蛍光灯が灯る。床の上に作業台と丸椅子があり、壁には板や棒が立て掛けてあった。鉄製の裁断機、精密測定器、顕微鏡などが、その傍にきちんと並べて置いてある。作業台には紙と筆記具もある。室内が乱れた様子もなく、何もかも、きちんと整理整頓してある。
「作業所ね」
「カレンダーもある」
 壁に掛けたままになっているのを見つけた。「先月の状態のまま」
「ということは、先月までは人間が居たってことになるね」
 ローモンドはカレンダーに顔を近付けて眺めている。「あ、鉛筆で印もある」
 見ると、27日まで、薄く鉛筆でスラッシュが入れてある。
「この日までは、ここには誰かが居たのか」
 私達はさらに奥まで足を進めた。
 作業部屋の先にはいくつも小部屋があり、それぞれに使い方のよくわからない精密機械が設置されていた。手動のものだけではなく、電子機器や大きな液晶画面のあるコンピュータルームもある。機械類に差す油のつんとした匂いの充満している部屋もあった。
 その先にはキッチンと、宿泊室と思われるものもある。宿泊室の隣には倉庫らしきものがあり、片付けた後のようにがらんとしているが、なんのためのものかわからないオブジェが三つだけ、忘れられたように置いてあった。
「なにこれ?」
「さあ」
「二階は? ガラスの部屋」
 作業部屋と小部屋の間にある薄暗い階段を上る。食卓らしきテーブルのある部屋があり、麦酒瓶とグラスが二つ置いたままになっていた。その隣の扉を開けると、ガラスの部屋だった。
「眩しいわね」
 二人揃って慌てて太陽光を腕で防いだ。晴れ渡る青空から容赦なく熱い光が射している。壁もガラス、天井も床もガラス。温度も真夏を越えている。地球に存在していると学んだ赤道直下とはこんな感じではないか。
「下の作業部屋が見える」
 底が抜けるのではないかと恐ろしく思えて、そおっと足を踏み出した。
「下から見上げてもここは見えなかったのに」
 ローモンドもわずかに震えながら歩を進めている。「なんだかこわい」
「ここ、何が置いてあったのかしら」
 一画に大きな台がある。素材は艶々と輝くステンレス製で、何かを引きずった跡がある。
「宇宙船じゃないかしら」
 ローモンドは台上の傷にそっと触れていた。
「見た事があるの?」
「三本の筋がある車輪が二つ並んでいるのは、宇宙船だって、おばあちゃんが言ってた」
「じゃあ、ここは地球外存在が使っていた施設なのかもしれないのね」
「ねえ、天井、見て」
 ローモンドが一か所を指した。「あの部分だけ、色が少し違う」
「どこも同じよ」
 私の目には雲一つない青空しか見えない。
「ローラン、私、普通よりも目がよく見えるって、前に言ったでしょ?」
「そうだった。じゃあ、あそこはどんな風に違うの」
「なんだか、一か所だけ張りぼてのような――、あっ」
 目を見開いている。
「どうしたの?」
「ガラス天井の上を鳥が横切ったけれど、あの張りぼてのところだけは飛ばなかった。横切ったのに、あの部分だけは途切れた。あの部分だけはガラスの天井ではなく、画像だ!」
 ローモンドは必死になって説明してくれたが、私の目にはどうにも同じ色にしか見えなかった。

つづく。

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