見出し画像

連載小説 星のクラフト 11章 #3

 あの時、鳥になったローモンドが嘴で割った窓硝子は今でもそのままだった。破片のほとんどは外側に落ちていたが、部屋の中にもいくつか散らばっている。触れると指先を傷つけそうなほど尖った硝子の破片を見ていると、そんなに長い月日が経ったとはとても思えなかった。
 だけど、二人の髪は伸び、ローモンドにいたっては色さえ元通りになっている。
「別次元の人間として生きた時のことは、もうほとんど覚えていないのだけど、六十年前にここでクリーム色の羽根を拾った日のことはよく覚えている」
 ローモンドはひとつだけ落ちている羽根を見つけた。
「そうだ、それ、ローモンドが鳥になって旅立った後、床の上にひとつだけあったのよ。私もそれを拾ったら、鳥になって、ローモンドと同じ時空に飛び立つのだと思った。でも、私、そうしなかった。同じ時空と言っても、そこでローモンドに会えるわけではないと思ったから」
 私が言うと、ローモンドは大きくうなずく。
「きっとそれが正解だったと思う。ローランがそうしてくれたから、またここで会えた」
「あるいは、私も羽根を拾って別次元に行ったとしても、再びここで会えたのかもしれないけれど。ローモンド、私達がここに来た理由を覚えている?」
 恐る恐る聞いてみた。六十年の別次元での出来事をほとんど忘れているのだから、ここでやろうとしていたことも覚えていないかもしれない。きっと、覚えていないだろう。
「お嬢様から頼まれたミッションを果たすため」
 ローモンドは得意気に親指を立てた。
「そうよ!」
 思わず彼女の手を取った。「そのミッションの内容は?」
「えっと、村ひとつ分の人間がいなくなったエリアを探し出すこと」
「正解!」
 両手で彼女の手を包み込んだ。あまりの嬉しさに涙がじわりと出る。
「また泣いてる」
「そうよ、お嬢様のプログラムなのかもしれないわよ」
 涙を流れるままにしておいた。プログラム通りだったら癪に障るなどという考えもうどうでもよくなった。
「それより、お腹が空いた」
「そう言えば、私も」
 本当に六十年も眠っていたのか、それとも半日だけのことなのかわからない。でも、確実に胃袋は空っぽだ。喉も乾いている。
「ローラン、車はどうなった?」
「わからない。ローモンドが旅立った後、すぐに白く光る鳥が窓から飛び込んできて、私は眠ってしまったのよ」
 私たちは急いで一階に降り、玄関から外に出た。
「あった」
「ある」
 銀色の車体は全く古びていなかった。
「燃料は?」
 ローモンドに言われて、私は運転席に乗り込んだ。キーはポケットに入ったままだった。
「燃料もある」
「エンジン、かかりそう?」
 キーを差し込み、スイッチを押すと、六十年の月日など何もなかったかのようにエンジンが掛かった。
「本当は今って、やっぱり昨日のお昼に到着して、その夜なんじゃないかしら」
 二人とも不思議だった。ほとんどは何も変わらないのに、何と言っても、髪だけは伸びているのだから。
「きっと私が別次元のタイムラインに入り込み、その間、ローランも何か別次元に行って、同じ月日分、眠っていたのかも」
 ふと、白い砂浜を裸足で歩いている夢を思い出す。ひょっとして、あれを六十年も続けていたのだろうか。
「私達、横道に逸れたって感じ?」
「お嬢様の設定したラインから外れたからね」
 ローモンドが目を細めて笑いながら、ちろりと舌を出す。
「だけど、ローモンドが旅立った後、私は私の道を行こうと思って――」
「ローランの道って?」
「村ひとつ分の人間がいなくなったエリアの調査に行こうと思ったのよ。お嬢様からの依頼だけど、私自身もそのことは気になっていたから」
「じゃあ、ミッションを一緒に完遂できるようにと、私を待っていてくれたのかも。ずっと眠って」
 ローモンドは助手席に乗り込み、シートを倒した。
「食べ物はどうする?」
「缶詰やビスケット、ペットボトルの水はトランクに仕舞ってあるけど」
「そんなの口に入れて大丈夫かな。この次元では、ほんの半日のことだったって信じてみる?」
「少し食べて、それからレストランを探そう。私、よく眠ったから、全然眠くない。すぐにでも出発できそうよ」
 強がりでもなく、お腹が減ってはいるものの、身体にエネルギーがみなぎっていた。
 六十年の眠りが私を何もかも蘇らせてくれたのかもしれない。

つづく。

#SF小説
#星のクラフト
#連載長編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?