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連載小説 星のクラフト 13章 #4

 後部座席に備え付けてあった懐中電灯を持ち出し、足元を照らしつつ住宅地に近付いた。街灯や月明りがあるとはいえ、窓明かりのひとつもない場所は闇と同等に気味悪く感じられる。湖の向こう岸にも住宅の塊があるようだが、いくつかの窓には明かりが灯っている。やはり、この岸辺辺りは何かがおかしい。
 四人と一羽も影だけを長く伸ばし、無言で問題の地域へと接近していった。
 住宅の並びにたどり着くと、ナツはポケットからメモを取り出して家の番号を確認し、門に振られた番号を1,2,3……とひとつずつ数えながら、当の家を探り当てた。
「ひとつめは、これだ」
 まずはナツが門を開けて中に入り、ローラン、ローモンド、クラビスと続く。インディチエムはクラビスの肩の上に後ろ向きに止まっていた。四人以外の何かについて警戒しているのだろう。
 ナツは家の扉の鍵を開け、ゆっくりと押し開けた。
「ごめんください」
 勝手に開けておいて声を掛ける。玄関の明かりをつけようとスイッチに手を伸ばしてオンにしたが、明かりは灯らなかった。
「真っ暗だ」
 ナツは後ろを振り向いて四人に言う。クラビスは扉を閉じ、鍵を閉めた。
「中に入ろう」
 懐中電灯の明かりだけが頼りだった。
 廊下を過ぎ、一つ目の部屋に入って床を舐めるように光を当てる。物が散乱している様子はなかった。壁にも異変はない。やはり壁に設置されている電源をオンにしても電灯は灯らなかった。ブレーカーが落とされているのだろうか。
「誰もいないね」
 ナツは隅々まで懐中電灯の明かりを当てたが。一階には誰もいなかった。
「二階に行ってみよう」
 クラビスが一番後ろから言う。
 廊下から続く階段を上っていく。誰も余計な声を発しない。インディチエムも息を呑んだかのように沈黙し、階段を踏みしめた時に発生する軋みの音だけが響いていた。
 ナツが最上段に上り切り、右手の部屋に足を踏み入れる。
「あっ」
 歩みを止め、明かりを差し込んだ瞬間に声を上げた。
「どうした?」
 最後尾にいるクラビスがナツを見上げた。
「居る」
「何が?」
「人だ」
「寝てるのか?」
「いや」
 ナツの後に続いていたローランも「あっ」と小さく声を上げた。
「死んでいるのか?」
「いや」 
 ナツもローランも硬直して前に進もうとしない。
 ローモンドが心配そうに振り返ってクラビスの顔を見上げ、クラビスはその視線を受けて自ら階段を最後まで上った。
「うわあ」
 ローモンドも駆け上がり、クラビスにしがみついて部屋の中を見た。
「止まっている」
 ローモンドは見たままをすぐに口にした。
「止まっているね」
 ローランも呟くように言った。
 そこには祖父と思われる男が棚にある何かを取ろうとした状態のままで凍り付いたように静止し、その祖父を小さな子供が見上げている状態のままでいた。
「人形か?」
「そんな風にも見えるが」
 ナツは自身でも声が震えていることに気付いた。
「他の部屋も見てみよう」
 隣の部屋には小さな子供の母親と思われる人が洗濯物を畳んでいる途中で静止していた。
「風呂場やトイレは?」
 トイレには誰もいなかったが、風呂場には祖母と思われる人がシャワーを浴びている状態で固まり、水だけはからからに乾いている。
「時間が止められているな」
 ナツは地球人とはいえ、これまでにもランと共に様々な次元間問題の処理をしてきた。時間が止められているのを目の当たりにしたのは初めてのことだが、あり得ないことではないとすぐに理解できる。
「どうにかすれば動き出しそうだけれど、ひとまずこのままにして、他の家も見に行きましょう」
 ローランが提案した。「私の予感では、この住宅街全部がこうなっている」
 四人と一羽は他の隊員の住宅を見て回り、同じ状況になっていることを確認した後、他の家屋も窓から中を確認し、いくつかの家でも同じようになっていることを発見した。
「どうする?」
 ひとつの住宅の前に立ち止まっていると、インディチエムがクラビスの肩から飛び立った。やがて一階の窓の枠に止まり、首を傾げながら中を覗いた。
「なにしてるの?」
 ローモンドが駆け寄り、インディチエムの横で窓の中を見ると
「ああ、赤ん坊が」
 三人に向かって言う。
 残りの三人も駆け寄ると、ゆりかごの中に赤ん坊が一人横たわっているのが見えた。息はしていない。やはり時間が止まっている。
 その時――。
 あっという間にインディチエムが窓硝子を透過して部屋の中に入り込み、赤ん坊の胸の上に止まった。
「インディチエム!」
 ローモンドが驚いて声を上げると、ナツが思わず持っていた懐中電灯の背で窓の鍵辺りを叩き割った。腕を切らないように手を差し入れて鍵を外し、窓を開けた。
 すると突然、インディチエムを乗せた赤ん坊が空気を突き破るように甲高い声を上げた。ひとたび声を上げると激しく泣き叫び続ける。
 あたかも生れ出た瞬間のようだ。
 その声はしんとした住宅街一帯に響き渡った。
「生きている」
 ナツが懐中電灯をクラビスに渡し、窓枠をつかんでひょいと上って部屋の中に入ると、インディチエムは柔らかく空中に浮かび、ナツの肩に止まった。ナツは赤ん坊を抱きあげ、窓からローランに渡し、先にインディチエムをクラビスに戻してから再び懐中電灯を受け取って、玄関側に回り、鍵を開けて外に出てきた。
「まるで空き巣だぜ」
 ナツは額に汗を大汗をかき、目を血走らせて動揺していたが、紙おむつを一束と粉ミルクの缶と水と哺乳瓶を抱えていた。
「用意周到だね」
 クラビスはナツが手に持っているものを見て、驚きを隠せないようだった。
「子育ては体験済みでね」
 顔中に汗をかきながらにやりとする。
 赤ん坊はそんな声すらかき消さんとばかりに、元気いっぱい泣き続けている。
「とりあえず、赤ん坊を連れて工場に戻ろう」
 
 車の中でローランがミルクを作って赤ん坊に飲ませると、ようやく泣き止んで、すやすやと眠り始めた。
「それにしても、この赤ちゃん、どうして目覚めたんだろう」
 ナツは運転しながら、後部座席で眠っている赤ん坊をミラー越しにちらりと見た。
「インディチエムが止まったからじゃないか」
 クラビスが言うと、インディチエムは小さく鳴いた。その通りと言いたいのか、少し得意げに聞こえる。
「じゃあ、あの住宅街の全員に止まって回ると目覚めるのだろうか」
「かもしれない。あるいは、一人でも目覚めて、いったん時間の始まった家では、他の人も徐々に目が覚めるとか」
「赤ん坊の家で目覚めた人々が俺たちのことを誘拐犯だと考えると嫌だな」
 ナツは大通りへとハンドルを切った。
「説明すれば理解するわよ。他の家をあの状態にしておけば、見ればわかるし、むしろ救われたことに気付くはず」
 ローランが理知的に言う。
「とにかく、ひとまず俺は21次元に戻って、ランにこのことを伝えるよ」
「それがいい。赤ん坊は三人で世話をしておくよ」
「早く戻ってきてね」
 ローモンドが少し不安そうに言う。
「すぐに戻って来るよ。おそらく、これで作業は楽になったはずだ」
 ナツはミラー越しにローモンドを見て微笑んだ。

つづく。

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