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連載小説 星のクラフト 12章 #4

 宇宙には数えきれないほどの星がある。生命などいるはずがないと思われていた星にも、存在の痕跡が発見されることもある。地球に住む人間と同じ形をしたボディではないかもしれないが、生きて繁殖している可能性はある。
 生命とはなにか。個体の中に確認され、成長し、繁殖し、進化するものだ。
 恒星と恒星の間には、三次元物理的に数光年といった距離がある場合がほとんどだが、それぞれの星には必ず高次元が存在し、高次元同士であれば数日で移動できることもあるという。つまり、21次元地球の隣には21次元の他星がひしめいていて、互いに物質的な姿を把握することが不可能だったとしても、情報だけならばやりとりが可能だろう。姿の映らないテレビ会議のようなものか。
 平和条約を結んだ星同士は積極的に情報交換し、互いに補完し合う。ボディをつくるための素材さえ揃っていれば、存在の情報だけを他星に移動し、その情報から肉体を作り出すことで、肉体ごと「移動」させることもできる。おそらく、ランの祖先はそのようにして、地球人のボディを持った他星人となった。
 男性と女性をひとりずつ「移動」させることに成功すれば、そこから子供が生まれて地球人と同じボディを持った生命体が繁殖することになる。

 ――だけど。

 ランは樹下でナツが話したことを思い出す。21次元に移動した後遭遇した家族への違和感を持つ人のこと。
 情報を移動する時にノイズを消してしまったのではないかと話し合った。まるで理想的な人間に変貌しているのかもしれないと。そして、ダイレクトに次元移動した地球人はそれに違和感を持ったのだという。
 新たに編成されたボディが以前のものと連続していると考えられるかの論争もあり得る。でも、肉体はそもそも常に内在する遺伝子によって新たに作り出されているのだ。この肉体はもう数日前のものと同一ではない。だから、情報によって新たに作り出されたものだとしても、感情が邪魔さえしなければ、これまで通りと同じ仕組みの中にある。
 じゃあ、精神は? 意図的にノイズを消滅させた精神を以前の連続体として受け入れられるか。これだって、教育や洗脳によって、あっという間に同じことが起き得る。常に違和感とは隣り合わせだ。

 ――儚いものだな、そもそも、存在なんて。

 ランの祖先が地球人型ボディを持つ生命体として登場した時も、ひょっとしたら、ノイズを消されたのかもしれない。任務のためとはいえ、感情を抑制するのが地球人よりも容易なのはそのせいだ。ランはそれを買われて隊長にも任命された。ずっとそういう自分自身だった。その点は過去からの連続体として存在している。だけど近頃、ノイズがラン自身の中に生じている気がする。

 ――あの植物のように。

 司令長官から改めて預かり直したオブジェの周囲に、少しずつ植物が生え、伸びているのを見つめた。初めて発見した時から比べると、ずいぶんと量も増え、背丈も伸びている。
 それにしても、ランの持ち込んだ船体の鍵はどうしてこのオブジェに対して地球に似た姿を生じさせたのだろう。

 ――あの鍵は僕の遺伝子じゃないのだろうか。

 いや、あの鍵が身体に装着されて飛行した時、確かに心は慌てふためいていたが、自分自身が船体になったかのように違和感もなく飛べた。

 ――あれは絶対に僕専用のものだ。船体は僕自身に違いない。 
 ――だから、この植物は僕の遺伝子が描いたものだ。

 オブジェに芽生えたノイズに似た緑の草を眺める。土もないのに、今のところ空気だけでも育つのか、枯れることもなく生き生きとしている。
 この強化ガラスの中に閉じ込められたオブジェを、肥沃な土の上に置いたらどうなるだろう。
 どの次元でもいいが、地球上のどこかにあるひそやかな森の中に持ち込み、誰にも見つからないように設置すれば、植物は根を張り、いつしか花を咲かせてミツバチや蝶を呼び寄せるのだろうか。

 ――あるいは、他星の土壌に。

 その始まりがラン自身の遺伝子である星が、この宇宙空間のどこかに生まれるのを想像する。理論上、その星ではランがサムシンググレイトと呼ばれるだろうか。

 ――僕の思考。僕の采配。

 それらが星の摂理の全てを決定していく。喜ばしいだろうか。それとも、おこがましいのだろうか。

 ――その星に僕自身が住んだとしたら?

 何もかもが思いのままだろう。独り勝ちするもよし、時には負ける面白さを想定するもよし。理想i郷にするために、人々の感情から不要なノイズを消し去ることもできるのではないか。何もかもが平和だ。退屈しないために、芸術やスポーツの祭典を開く。

 ――ほとんど、地球そっくりだけど、その星に戦争はない。

 オブジェの中にある生き生きとした緑を見つめていると、穏やかながらも強烈な野心が沸き起こるのを否定できなかった。
 ランの思い次第でどうにでもなる星を作ることができる。
 平和な星が作れるのなら作ってみたい。

 ――しかし問題は……。

 ラン以外の遺伝子から作られた星が宇宙のどこかに存在することだ。高次元接続すれば、その星から情報が移送されることもあり得る。

 ――それがもしも侵略だとしたら。

 結局は、0次元地球と同じ問題に突き当たった。
 そして、肉体の痛みを伴う滅ぼし合いは0次元で繰り広げられるだろう。

つづく。

#星のクラフト
#SF小説
#連載長編小説

 

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