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連載小説 星のクラフト 13章 #8

 一週間後の正午に、再び広場に集合することを決め、ナツたちは住宅街を後にした。
「ひと眠りしたいところだが、俺はランを迎えに行く」
 ナツは他の三人に告げた。インディチエムは疲れたのか、クラビスの肩の上で居眠りを始めた。
「キムと二人でこちらに来るのを、気長に待った方がいいのではないしょうか」
 クラビスはインディチエムを手のひらで包み込んで肩から下ろし、肘と腹の間に抱きかかえるようにして休ませた。
「待っていられるか」
 ナツは車を運転しながら、早くランに成功を伝えたい思いで気が急いていた。そして、ランの無事を確認したい。
「彼なら大丈夫」
 ローランは車窓を眺めていた。
「私もそう思う」
 ローモンドも眠そうな声で言う。
「みんなは、休んでいればいいさ」
 ナツは大通りの信号が青になるのを苛々しながら待った。
「それにしても、中央星の記憶装置が崩壊したことと、あの住宅街の時間が止まっていたことと、何か関係があるかしら」
 ローランはミラー越しにナツの目を見た。
「ないとは言い切れないね」
 ナツも見返す。「その中央星と、我々の司令長官の上部組織がどこかでリンクしていれば、新しい星を作るために、すべてをリセットしようとした可能性はあるだろう」
「怖いね」
 ローモンドは半分眠りながら、寝言のように言った。
「ねえ、あそこ、牛小屋に干し草を入れている人がいる」
 ローランが車窓を指した。
「ほんとだ」
 ナツとクラビスが同時に言う。ローモンドは寝てしまっていた。
「住宅街の時間が解放されて、そこら中、徐々に元に戻っていくのだろうか」
 他にも数人、草刈りをしている人や歩行者が見えた。ついさきほどまで人間が誰もいなかったことが夢だったかのようだ。
「村一つ分の人間がいなくなった地域って、きっとこの辺りだったのね。そして、その人間たちが帰ってきたのだとしたら、地域を特定するミッションはミッションを通り超えて、その理由もはっきりとしないままで完遂したことになる」
「そしたらどうするの?」
「ローモンドと一緒に、私の家に戻る。私の家といっても、中央星が用意した、半実在のような家だけど」
「へえ、行ってみたいね」
 ナツは興味津々だった。
「おや?」
 クラビスがフロントガラスの方に顔を突き出した。
「どうしたの?」
「建物。なくなってないか?」
「なんだって!」
 ナツは前方に目を凝らした。まだ見えない。
「ないよ。なくなっている。我々のパーツ製作工場がなくなっているよ」
 クラビスの横顔が青ざめた。
 ナツは黙ってアクセルを踏み込み、スピードを上げた。

「ない」
「確かに、ない」
 パーツ製作工場となっていたはずの建物が見当たらない。
「道、間違ってないだろうね」
 車を停め、四人と一羽は外に出た。
「間違いなく、ここよ。だって、あの桜の木が目印だもの」
 ローモンドが更地に残された一本の樹木を指した。樹木の枝ぶりが「崩壊した建物」の写真と一致したことで、場所を特定したのだった。
「あの探していた《崩壊した建物》って、やっぱりこれだったのかしら。中央星が撮影したのは、今この時の写真?」
「ちょっと待てよ、だとしたら、ランはどうなるんだ。キムは?」
 ナツは胸の鼓動が早くなるのを感じた。「次元通路が閉じてしまったんじゃないか」
「私の作った三つのオブジェが落ちている」
 クラビスは更地の真ん中に駆け寄り、他の三人も後を追った。
「これは、消えなかったのか。リオがダウンサイジングしようとしてもできなかったのだが。どうしてだろう」
「ねえ、なんだか、このオブジェ、骨に見える」
 ローモンドが無邪気に縁起でもないことを言う。
「妙なこと言うなよ」
「ごめんなさい」
「ラン!」
 ナツは更地の真ん中に立ち、青空に向かって呼びかけた。
 もちろん、返事はない。
「クラビス。この空間のどこかに、見えない階段があるんじゃないか?」
「そうかもしれませんが、可視化するための懐中電灯も見当たりません」
 インディチエムが空間をランダムに飛行してみたが、階段らしきものに突き当たることはなかった。
「ラン。キム。二人だけ、21次元に行ってしまったのか――」
 ナツは肩を落とした。「もう、会えないのか!」
 ナツはへなへなと座り込んだ後、地面に突っ伏し、地面を手のひらで叩きながら号泣し始めた。
「やっぱり、あの時、一緒に帰ってくるべきだったんだ。なんとなく嫌な予感がしたはずだ。それなのに、俺はその予感を無視して、二人を置いてきてしまった――」
「ナツ、二人は21次元に残りたかったのかもしれない。その後の新星建設のミッションに向かいたかったのかもしれない」
 クラビスは抜けるほど青い空を見ながら冷静だった。
「そんなはずはない」
 ナツは泣きながらも、はっきりと言い切った。「俺に何も言わないで、勝手にそうすることはない。そうしたい場合でも、一度こちらに戻ってきて、俺に言ってからそうするはずだ」
 突っ伏したせいで泥だらけになった顔を上げて、みんなを見た。涙と泥が混じって頬を流れ落ちている。
「確かにそうね。それはそんな気がする。彼は何も言わないで立ち去るような人じゃない」
 ローランがぽつんという。
「少し会っただけなのに、どうしてそう思うの?」
 クラビスがローランを横目で見る。
「だって、私たち似た者同士なんでしょ? 私ならそうするわ」
 ローランの言葉に、ナツは泣くのをやめ、しゃくりあげつつローランの顔を見た。
「ラン?」
 涙まみれの顔でローランを見る。「ひょっとして、君がランなのか?」
「違います」
 ローランははっきりと否定する。「残念だけど、私はランではない」
 座り込み、首をうなだれてしまったナツの周りに三人もしゃがみ、もう言葉もなく、肩や背中をさすった。
 その時だった。
 ナツの携帯が鳴った。
「あ、もしかして――」
 ナツは目を見開き、慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、スイッチを入れた。「ああ、ランからだ。メッセージだ。連絡が入るということは、こっちにいる!」
「やったー」
 三人も歓声を上げた。
《あぶなかったよ。次元通路が閉じられるところだった》
 ナツは三人のために声を上げて、それを読んだ。
「どこにいるのかしら」
 ローモンドが頬を赤くした。
《今、どこに?》
《ここ、どこかな》
《どこかなって、どうやってこっちに来たの》
《オブジェを持って、キムと一緒に、階段を進んだ。すると、突然、オブジェが大きくなってしまって。次元風に巻かれた。で、今ここ》
 メッセージと共に、写真が送られてきた。
 ランが、あの緑の芽の生え出したオブジェの玄関の前に立っている。
《まさか、ラン、小さくなっちゃったのか》
《いや、オブジェが大きくなったんだ》
 横で見ていたローモンドが「ヒャッ」と声を上げた。
「どうした?」
「この家」
 ローモンドはローランの顔を見る。
「確かにこの家」
 ローランもローモンドの顔を見た。
「なんだよ」
「二番目に止まったホテル。でも、誰もいなかったの。私、ここで白い羽根を見つけて、拾ったら、60年もここを不在にしてしまったのよ」
 ローモンドは眼球を動かして、クラビスとナツを睨んだ。「だから、もしも中に入って、白い羽根を拾っちゃったら、ランはどうなるかわからないわよ」
「とりあえず、中に入らず、外で待っていてもらって! ナビの地図を見ればたどり着けるはず。でも数時間はかかるわよ」
 ローランは焦りと喜びの混じった声を放った。
《ラン、中には入るな。そこで待っていて》
《わかっている。これは僕の鍵で作ったブラックホールかもしれないからな》

(13章 了)

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