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連載小説 星のクラフト 11章 #7

 ナビゲーションシステムが点滅し始めた。
「そろそろ着く」
 辺りはほとんどが農地で、ところどころに住宅や集会所がある。
「崩壊した建物なんて、どこにも見当たらない」
 ローモンドは車窓にへばりついて外を見た。
「崩壊した後、すっかり片付けられたのかもしれないね」
「誰かに聞いてみる? そういう建物がなかったかどうか」
「不審に思われても困るけど、それが一番手っ取り早いかしら」
 私は水車小屋の横にある空き地に車を停めた。
 相変わらず空は青く晴れ渡り、空き地横に一本だけ植えてある灌木の周りを白い蝶が飛んでいた。任務がなければ、おそろしくのどかな光景だ。
「だけど、村ひとつ分の人間がいなくなったって、どういう意味かしら。確かに、誰も歩いていないけど」
 ローモンドは鞄を斜め掛けにし、車の中では脱いでいた靴に足を入れ始めている。
 ローモンドの言う通り、農場を区分けするかのように伸びている道には誰一人として歩いていない。さきほどの蝶と、空を渡るカラス、道端の雑草の種を突っつく雀しか、生き物は見掛けなかった。
「今のところ人間は見掛けないけれど、農地が荒れ果てているわけじゃない」
 豆やジャガイモが行儀よく植え込まれ、遠くには小さな牧場もあって家畜が草を食んでいるのが見えた。誰かが手入れをしないと、こうはならないだろう。
「崩壊した建物ってどれかな」
 二人は車の外に出て、詳細地図と目前の光景の関係を確かめようとした。
「建物が少なすぎて、方向がよくわからない」
 紙の上下をひっくり返したり、左右の位置関係を確かめようと回転させてみたりしたが、現在地すらよくわからなかった。いずれにしても、地図に名称が書き込まれるほどの建物はないらしい。
「写真は?」
 写真に写っている崩壊した建物は木造で、まるっきりぺしゃんこになっている。
「これ、ガラスの破片じゃない?」
 ローモンドが画像の中の崩壊した建物の周辺に目を近付けた。
「木造だとしても、普通硝子窓くらいはあるはず。割れたら散らばるでしょう」
「でも、そんな分量じゃない。崩れ落ちた木造壁の周辺に大量の破片が飛び散っている」
 ローモンドに言われて、よく見てみると、確かに、尋常じゃない量のガラスの破片が散在していた。
「こんなにガラスの破片があるなら――」
 すぐにでも見つかりそうだと言おうとして辺りを見渡すと、農地を挟んだ向こう側に、太陽光できらりと光る建物が見えた。「あれ、見て。ガラスの部屋のある建物」
 一階と二階のほとんどは木造だけど、一部屋だけ、ガラス張りの部分が見える。
「でも、崩壊してないよ」
 ローモンドは眩しそうに目を細めた。
「一応、行ってみよう。何か手掛かりになるものがあるかもしれない」
 私はローモンドの手を引いて、その眩しく光るガラス部屋のある建物へと向かった。
 目の前まで来ると、その建物は崩壊してはいないものの、間違いなく写真の建物だとわかった。
 写真では、すぐそばに一本の桜の木があり、無残にも崩壊した建物の横で何食わぬ顔をして枝葉を伸ばしているのがわかる。実際の建物でも、水車小屋の場所からは見えなかったが、やはり桜の木がある。枝ぶりは全く同じ。
「間違いなく、この写真の木だ」
 ローモンドは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 建造物の個性に比べて、樹木の個性は決定的だ。どうやっても、全く同じ枝ぶりのものなど、意図的に作り出せるはずはない。幹のウロも同じ形だった。
「でも、建物は崩壊していない」
「そうね。お嬢様が言う通り、周辺に人間が誰もいない点では、間違いなくそうだけれど」
 私は改めて辺りを見渡した。本当に誰一人歩いていない。それにしても、端正な農地の整備は一体誰がやっているのだろう。
 二人で建物の周りを歩くと、玄関と思われる扉があった。やはり木造の、それほど重厚感のない扉だった。ローモンドは全く躊躇せず、鉄製の取っ手に手を伸ばす。引っ張ると、ギィと音を立てて隙間が開いた。どうやら鍵は掛かっていないらしい。
「すごいわ。ねえ、入ってみよう」
 私が返答する前に、ローモンドは歩を進め、慌てて私も後を着いて行った。

つづく。

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