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連載小説 星のクラフト 12章 #8

「僕もナツの立場なら、家族を連れて地球に帰りたいと思うだろうね」
 ランはナツの横に座った。
「全員だと言っただろう」
 強い語調だ。
 ランは鞄から虫よけの音を出す装置を取り出し、スイッチを押した。かなり耳障りだが、特殊な造りになっていて、鳴らしていると盗聴を防ぐことができる。
「ナツ、あと一週間しかない。全員を連れて帰るのは無理だろう。ナツは他の人間のことは忘れて、家族だけを連れて0次元に戻るがいい」
「ラン、君を置いていくわけにはいかない」
「僕たちは仕事仲間だ。仕事仲間というのは、仕事が終わればそこで解散するものだよ」
「ランは0次元地球に帰りたくないのか?」
「ナツとお別れするのは寂しいよ。でも、僕は地球だけではなく、どの土地に対しても、ナツが感じているほどの執着はない。それに僕はナツよりも今回の仕事については責任が重い。製作員たちをここに連れてきてしまったのは僕だから」
「待っている家族はいないのか。これまで、ランの家族のことは聞いたことがなかったな。話したくなさそうだったし」
「連帯している仲間たちはいるが、血縁は特定できない。話すほどのことがないから、話さなかっただけだよ」
 半分だけ閉じていたカーテンを全開にし、日光を室内に入れた。どの次元だろうと、太陽の光は同じように眩しく、気分を前向きにしてくれる。
「製作員の何人かは、直接家族を連れてきたはずだったが、せめて、その人たちには、この後のミッションに進んだらどうなる可能性があるのかを伝えたいと思うが――」
 太陽光の効果なのか、ナツの部屋に入ってきた時の猪突猛進な様子は収まった。
「僕たちの勝手な仮説でしかないし、いっそ何も知らない方が幸せなのではないか」
 ランが言うと、ナツは首をうなだれたまま、しばらく黙り込んでしまった。
「ナツ、このオブジェ、見て。本当に少しずつだけれど、変容している。僕が鍵を装着して通過したから動き出した時間だ。僕はルール違反をしてしまったようだけど、なんだかこれを見るとうれしい気がする」
 強化ガラスの中に入ったオブジェをテーブルの上に移動した。
「それは、ランの星になるだろうね」
 ナツはうなだれていた頭をゆっくりと起こした。
「これをどうするべきかな」
「どうって?」
「おそらく、次のミッションには持っていけない。こんな地球系のものが欲しいわけじゃないと断られたことはナツも知っているだろう」
「じゃあ、これ、どうなるんだ」
「もしも本当に家族たちを連れて0次元に帰るのなら、この僕の星を持って帰ってくれないかな」
 ランは自分でも想定していなかった言葉を発した。
 でも、本音だった。
「これをランだと思ってくれとでも? やなこった」
 足を組んで顔をそむける。
「別に僕だと思ってくれなくてもいい。でもここに置いたままで次のミッションに移行すると、おそらくホテルの誰かが処分するだろう。これはただのオブジェではなく、ブラックホールであり、おそらくひとつの時間の起点だ。不用意に壊したりすると、ここが吹っ飛ぶんじゃないかな」
「だから0次元地球へ持って行くというのか」
「どこか安全な場所に保管してほしい」
「自分でやれよ。そもそも自分でやらかしたことなんだから。一週間もあるんだ。それくらい可能だろう」
 ナツは急に冷酷になったらしい。
「どうしても引き受けてくれないのなら、そうするしかないね。あの接続ポイントから0次元に行けばクラビスと会えるかもしれない。彼に相談してみるよ」
「ラン、そんなことをするくらいだったら、やっぱりみんなで一緒に0次元に戻ろう。同行者を自分の意志で連れてきた人は限られている。その人たちだけに声を掛け、必ず期日に家族を接続ポイントまで連れてくるように言えばいい。同行したわけではない、あのホテルで待っていた家族とやらは、どう考えても上位組織が情報を使って再構成した人間だよ。虚像なんだ。そんなものは捨てて、地球に待つ実像の家族と遭遇した方がいいだろう」
「そんなこと、信じるかな。信じたとして、虚像を捨てることなんかできるだろうか。実際、虚像なのかな」
 ランにも明確にはわからない。あの人々は感情を抑制してノイズがないから虚像だと言われても、ランの育った環境の人々はそもそも、そんな者たちがほとんどだった。
「虚像だよ。断言できる。俺のこれ、覚えているだろ?」
 ナツは小指を立てた。
「ああ、そんな話もあったな。ホテルに着いてみたらこちらに呼び寄せられていて驚いたのだった。家族と鉢合わせしたらひどいことになると、君は大慌てした」
 顔を真っ赤にしていたのを思い出した。
「あれは、彼女の実像じゃない。全くの虚像だった。俺のことはほとんど覚えていないようなふるまいをした。互いに家族がそばに居るからそんなもんかなと思ったけど、あれが実像の彼女であれば、必ず俺が一人でいるところを探し出して、何かを耳打ちしに来たはずだ。そういう女なんだ。なのに、一度も来なかった。こんなに長期間、同じホテルの中に居たのにも関わらずだよ。きっと、俺のことはノイズと判断されて、あの女の情報から消されてしまったに違いない。そして、実像は0次元地球のどこかにいる」
 力説中の力説だ。
「ふうん」
 ランはナツの話を聞いて、まんざら間違ってもいないと思えた。「恋愛に関しては専門的にといってもいいほど詳しいナツの言うことだから、ある程度は信憑性を感じられなくはないが」

つづく。

#星のクラフト
#SF小説
#連載長編小説



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