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連載小説 星のクラフト 8章 #5

 樹下のテーブルには木漏れ日が揺れている。風は柔らかく、気温もちょうどよかった。
 こんな状況でなければ、年に数回しかないと思える好日の中で、何も考えずに手足を伸ばして座り、ひたすら木の葉の風にそよぐのを眺めて、生きていることの喜びに浸っていたに違いない。あるいは、むしろ当たり前に思って喜びすら感じなかっただろうか。
 ブラックホールかもしれないオブジェを前に、ランは感情の激しい揺らぎを感じていた。
 想像するだけで恐ろしいブラックホール。それが目の前にあるかもしれない状況。そんな状況を我関せずといわんばかりに、無言で穏やかな森。

「お待たせ」
 ナツとクラビスは一緒に現れた。
「近くで会ってね。クラビスもここに来るというから、同行したよ」
 ナツが座ると、クラビスもその横に腰かけた。今度はインディチエムを肩に乗せている。それでやっと、クラビスらしい気もする。
「オブジェ、持ってきた」
 部屋にあった敷物も拝借してきた。その上に、恭しく乗せている。
「あれから変化は?」
「残念ながら、着々と変化している」
「残念ながら?」
「できれば気のせいだと、思いたかったからね」
「どこが変わった?」
「外壁の下。見て、驚くよ」
 二人に見えやすく、オブジェの角度を変える。
「ほお」
 ナツは目を見開いた。クラビスは一切のことに動じないとでもいうのか、目を細めたまま表情を動かさなかった。
「これ、生きてる?」
「さあ」
 外壁の下に小さな黄緑色のものが発芽していた。普通に考えれば植物だが、そもそもオブジェだ。生命があるとは思えない。思えないが、勝手に出てきたのだから、生命があるのかもしれない。
「このオブジェは生命体だった。のか?」
 クラビスがぽそりと言う。インディチエムは危険を察知したのか、既に樹木の高い枝に移動している。
「まだわからない。昨日、ナツがこのオブジェの窓から、内側に光を向けた時、光が吸い込まれるように見えた。だから、つまり――」
「ブラックホールかもしれない。ですね?」
 クラビスの言葉に、二人とも大きく頷いた。
「怖いだろ」
 ナツが少しのけぞって見せる。
「そうだな」
 クラビスも異論がないようだった。
「もしもブラックホールが内蔵されているのであれば、このオブジェの造りはあまりに簡易すぎるだろう」
 ランは屋根の板を指でそっと突いた。
「私達が0次元から21次元へと高速移動した時に生じたもの。なのか?」
 クラビスは腕組みをして、樹上を見た。問いかけても、インディチエムは降りてこない。
「そして、オブジェとしての家屋は徐々に変化している。驚いたことに、植物らしき生命すら現れて見える」
 ランも目でインディチエムを探した。枝に止まっている影はわかる。まるで、葉に擬態したかのようだ。それと知って目を凝らさなければ、鳥がそこに居ることは誰にもわからないだろう。全く鳴かない。息をひそめている。
「上部としては不本意なのか。それとも、むしろ、これが生じることを予定していたのか」
 ナツはのけぞったままで、オブジェを指した。
「本意なのか不本意なのかは定かではないが、偶然であれ、成功したのかもしれない」
 クラビスがランの目を見据えた。
「ブラックホールを作りたかったわけではないはずだが」
「聞かされている範囲では。ですよ」
 クラビスは表情を緩める。「誰がどこまで知っているのかはわからない。司令長官にだって、上司はいるだろうからね。司令長官にしても、なんだこれは、と恐れているのかもしれない。それで、速やかにランに押し付けたのではないか」
 言われてみればそうだ。司令長官に貸してほしいと頼めば、いやに簡単に、どうぞと寄越してくれた。
「目論見通りかどうかは別として、なんでこれが成功だと言えるのか」
 ナツはまた忌々しそうにオブジェを指す。
「青実星が不安定になった今、新たな中継星を作ることが今回のミッションだったわけでしょう? それでパーツ製作員たちが必死になって設計図通りのものを作った。そのパーツとこのオブジェがどうリンクしているのかはわからないが、必死になって作った行動が、高速移動によって次元上昇すれば生命体らしきものを創出させた、というのも、あり得なくはない。すなわち、物質としてのパーツなどもうどうでもよくなった。彼らの、誠実な行動こそが高次元では物質化したのだ」
 クラビスはやや興奮して見えた。
「だから成功? ブラックホールが?」
 ナツが言うと、
「たとえ、想定通りの道順じゃなかったとしても」
 クラビスは強く言う。「ひょっとしたら、ブラックホールが先行し、その周囲に生命のある星が生まれるのかもしれないのだから」
 インディチエムが樹上で甲高く鳴き、青空高く舞い上がって三人の樹上を旋回した後、地上に向けて一直線に降下し、やがて銀色の羽根を羽ばたかせて空中に静止し、それからふわりとクラビスの肩に止まった。

つづく。

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