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連載小説 星のクラフト 8章 #8

 樹下における三人と一羽の会合はいつまでも濃密な余韻を残した。
 クラビスはしばらくホテルに滞在すると言ったが、翌日から姿を消した。おそらく0次元地球へと戻っていったのだろう。
「何が書いてあるかわからない書物がそんなに大事なのか」
 ナツは不思議がったが、ランはクラビスに共感できる。誰にでも意味もわからずこだわってしまうものがある。
「連帯、ではないか」
「何が書いてあるかわからない書物で?」
「読めなくても、読めるものらしいよ」
 ランは書物を手に触れるだけで内容を読み取ることができる話を聞いたことがあった。
「超能力?」
 髭を撫でながら、うっすらと笑っている。
「そうとも言うのかな。たとえば、サイコメトリーと言って、誰かが使っていたペンに触れるだけで、その持ち主の情報を読み取る能力もある」
「それで、読めない文字が読める?」
「文字が読めなくても、写本の時に元の本の想念が紙に移動するだろう。もちろん、写本が繰り返されるたびにその純度は下がる。それでも、最低でも写本が二冊あれば、その共通項を導き出すことによって、元の本の想念は半ば特定されるはず」
「それで連帯?」
 ナツにはよくわからないようだった。
 ナツには家族がいるからな、と言いそうになって止めた。地球人たちは血の繋がりをことのほか信じることができる。血族によって心理的に連帯している。

 ――だけど僕は。

 クラビスと同じように地球探索要員として育成された人々の子孫だ。つまり、クラビスと同じように故郷の星の記憶を消去して地球用の過去を装着される瞬間にも、そうならなかった人々の子孫だ。誰が親なのかわからない。それでも、地球人が血族に対して強い連帯を感じるように、元地球探索要員としての連帯を感じていたものだった。もとから地球人に敵対心などない。むしろ憧れて地球に降り立ったのだ。しかし、地球人とは連帯する根拠が異なる。

「想像だよ」
 ランは論争を避けた。どんな親友でも分かり合えないこともある。
「0次元にその書物はあると、クラビスに断定していたけど、大丈夫?」 
「さあてね」
 黒目を天井に向け、おどけて見せる。
 でも、本心として、断定したことが正解だと考えていた。任務の経験上、必ず一人くらいは写本を地球に持ち込むことに成功した存在はいるだろうし、遠い記憶の中で、元地球探索要員の大人たちが集まって一冊の書物を眺めているのを見た気がする。もちろんそれは夢かもしれない。クラビスの話を聞いた後で脳が捏造した幻想かもしれない。そうだとしても、クラビスが生きている間にそれを手にする確率から考えれば、0次元にあると断定するのが正解だ。青実星に向かう便を探して戻り、そこから故郷の星へと向かう便を探して戻る。そして、書物を探し回る。何年かかると思っているんだ。探していることに対する実感に酔っているだけではないか。それよりも、確率の高い0次元へと戻るべきだろう。
「ところで、オブジェが変化し続けていることについて、司令長官にはいつ話すつもり?」
「明日だ。アポを取った」
「ランが隠している事についても、話すつもりなんだな」
 横目で睨む。
「もちろん、そのつもりだ。もう隠す必要もなくなったしね」
 自信たっぷりの笑顔を送る。
 実際、もう隠す必要はない。

(8章 了 9章へとつづく。)

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