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連載小説 星のクラフト 13章 #7

 湖畔の家々に戻ったパーツ製作員たちは事態を目の当たりにして驚愕した。最初に赤ん坊が目覚めた家以外はまだ明かりすら灯らない。少し欠けた月が辺りをわずかに照らす夜、月明り以外にあるのが街灯だけというのでは室内まで明るくすることはできない。
 どの家でも、懐中電灯で照らしながら恐る恐る室内に入ると、まるで蝋人形館に展示されたもののように家族たちが静止している。首を傾げたままだったり、笑顔のままだったり、グラスを持ったままだったりする。そして、どれもが青白く、血の気が感じられない。戻った隊員がそっと触れると、体温も感じられなかった。
「本当に元に戻るのでしょうか」
 ほとんどの隊員は青ざめてそう言った。
「大丈夫だ。俺はその瞬間をこの目で見た。しかし、目覚めさせるのには一羽の鳥が働かなくてはいけない。これだけ人数が居たら、いくら有能な鳥とはいえ体力的に疲れてしまうだろう。夜が明けたら、公営広場に集合し、くじを引いて、目覚めさせる順番を決める。丸一日かかるかもしれない。ひょっとすると、明日以降になる場合もあるだろう」
 ナツは一人ずつ説得するのに一苦労だった。
 ナツ自身の家族は早々に自宅に送り届け、歓声を上げて冷蔵庫から飲み物を取り出して飲んだり、お菓子を口にしたりしているのを見ると、ランの直感のおかげで直接21次元に連れて行けたことに感謝しないではいられなかった。もしも自分の家族が、あの湖畔に住む家族たちのようにぴたりと時間を止められでもしていたら、とても冷静ではいられないだろう。想像しただけでも鳥肌が立つ。

 翌朝、午前五時――。
 約束通り、住宅地と湖畔の間にある広場には誰一人として遅れることなく集合した。当然、一睡もできなかったのだろう。月は消え、やがて上る太陽の兆しによって辺りは青みがかった空気に包まれていた。
 隊員たちは一言も発しない。
 彼ら、隊員たちの作る輪の中に立つのはナツ、ローラン、ローモンド、クラビス、そしてその肩に止まるインディチエム。
 緊迫した空気の中、樹木の葉が風で擦れ合う音が聞こえる。
「さて、これから、ご家族を目覚めさせる作業遂行のための順番を決める。くじ引きだ」
 ナツは番号を書いた紙きれの入った箱をみんなに見せた。
「くじ引きなどせず、家の並びの端から順に行った方が楽だと思います」
 隊員の一人が申し出た。「くじ引きの結果、一方の端から反対の端へと移動することになった場合、やたらと時間がかかりませんか」
「それもそうだが――」
 ナツが躊躇した時、インディチエムが甲高い声を上げ、クラビスの肩から飛び立ち、空高く舞い上がった。
「インディチエム。どこにも行かないでくれよ」
 ナツは心配になって叫んだ。
 インディチエムはもう一度甲高い声を上げた後、辺り一帯に響き渡る声で聴いたことのない音階で鳴き始めた。

 ピーピーピーピピピ ピピピ 
 フィーフィーフィーフィフィフィ フィフィフィ
 フィーーーー

 不思議なリズム。
 一羽とは思えないほどの辺りをつんざく声。

 「なんだ、あれは!」

 ピーピーピーピピピ ピピピ 
 フィーフィーフィーフィフィフィ フィフィフィ
 フィーーーー

 インディチエムの歌は徐々に感極まっていく。
 それに従って、湖畔から鳥の姿が現れ始め、いつしか大群となった。
 湖の上に鳥たちの塊が飛ぶ。
 まだ明けきらない薄墨色の行き渡る空気の中を高く、大群はゆっくりと大きく旋回して見せた後、皆が集合している広場の方に向かってきた。
「インディチエム!」
 クラビスが呼ぶと、不思議な歌を唄いながら空高く飛んでいたインディチエムはクラビスに向かって直滑降し、空中で一度羽根を羽ばたかせた後、肩に止まった。軟かなおなかの羽毛がひとつ、空中に舞い、風に運ばれていく。
「どうやら、インディチエムの仲間が、手伝うらしい」
 鳥の群れは広場に植えられた大木の枝に止っていき、徐々に静かになって、樹木に同化して葉のようになった。
「それは助かるな!」
 ナツは半ば唖然としつつも、鳥たちの作り出す荘厳さに打ち震えていた。
「くじ引きは中止だ。覚醒させる鳥の大群がこの場所へと集まってくれた」
 ナツはランを真似て、一番遠くの人にも聞こえるように声を張り上げた。
「では、行こう。インディチエム。鳥たちの統率を頼んだぞ!」
 ナツの指示にインディチエムは応答するかのように小さく鳴き、大木の真上まで飛翔して大群を揺り動かし誘導した。
 藍色がかった空に舞い上がった鳥のグレーの影がパッと花火のように広がり、広場に立ち尽くしている人間たちよりも圧倒的に早く、乱れることなく、時間の止められた住宅街へと到達しようとするのが見える。
 鳥たちはある地点までいくと、訓練されているかのように一斉に分散し、それぞれがあたかも始めから担当すると決まっていたかのように、それぞれ迷うことなく家々の屋根にまっすぐに向かっていった。
「なんと、こちらが遅れてしまう! みんな、それぞれの家に向かってくれ」
 ナツの指示を聞くと、隊員たちは待ちきれない様子で駆け出した。くじ引きなどではない、誰よりも早く、精一杯の速さで走ろうとしている。
「驚いたね」
 ナツは茫然としたままの瞳でクラビスを見た。
「私にも想定外でした。インディチエムにあんなに仲間がいたのだとは知らなかった――」
「テレパシーでつながっているんだな」
「インディチエムは鳥の中の王。人間ともテレパシックに会話することができる」
 クラビスは空高く飛んでいるインディチエムを眩しそうに眺めた。
 仲間の鳥たちが屋根に止まって待機し終わると、インディチエムはクラビスの肩に戻り、再び空中に浮かぶように飛んで、ナツ達も早く向かうようにと言いたげに飛ぶ。
「よし、我々も急ごう」
 四人と一羽も足早に隊員たちの家に向かい、どの家においても、固まっている人間たちの胸辺りに鳥たちが止まって、動かなくなってしまった時を解放していくのを確認することとなった。
 人々が目覚めると、時間が動き始め、家に電気も通って、夜が明け始めた透き通る青い時間帯に、家の明かりが星のように輝いていった。
「大成功だ。ああ、この風景、ランにも見せたかった」
 ナツはこのゴール完遂の瞬間に、ランがいないことだけが悔やまれた。

つづく。

#SF小説
#星のクラフト
#連載長編小説
 


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