連載小説 星のクラフト 7章 #1
ローモンドは食事のためにレストランに入った時以外、ほとんど眠っていた。よほど疲れていたのだろう。これまで元気そうに見えたのは、努めて明るくふるまっていたに違いない。
私は眠るわけにはいかず、ナビの通りに行く車のハンドルをゆるく握っていた。地球探索用の訓練を受けた時に運転免許を取ってはいたが、地球に来てから運転をしたのは数回しかない。しかも、その時に地球で乗った車はまだ自動運転ではなかったので、まさか自動運転の車の運転席に座ることが、こんなに眠気を誘うものとは知らなかった。一体、安全なのかどうなのか。ハンバーガー店のドライブスルーを見かけると、熱い珈琲だけを買って啜り、眠気をどうにか吹っ飛ばす。
最初のホテルに到着した時には日暮れ間近で、辺りは透き通った青の色に浸されていた。
「起きて」
後部座席で横になって眠っているローモンドを揺らす。
「どこ?」
目を擦って半身だけ起こした。
「ホテル。着いたのよ。ホテルと言っても、中央司令部が用意した、私達専用のホテル。ナビで登録しただけで、予約が取れているはず」
「専用? ホテル?」
寝ぼけながら、ローモンドは車の窓に顔を近付けた。「わあ、ステキ」
直ぐに靴を履いて、車の外に出た。あっという間に元気な彼女に戻る。
「確かに、ステキね」
私も急いで運転席の扉を開け外に出て、ホテルの玄関を見た。
小さな白い花を付けた植え込みが庭先から扉までを誘導している。建物の大きさはこれまで住んでいた家と同じくらいだが、白いタイルの壁や青い瓦屋根、アーチ型の硝子窓は艶やかに磨き抜かれ、可愛らしく清潔に見えた。
すると玄関扉が開き、中から老人が一人現れた。ポロシャツとデニム。姿勢がよく、もしも髪が真っ白でなければ老人とは思えない。足のどこも悪くなさそうだが、杖を持って立っていた。
立ち尽くしている二人のところまで来て
「おいでになりましたか。お嬢様から連絡を受けています」
私の手を取って握りしめた。「どうぞ、中へ。夕食の準備をしておりますよ」目を細める。
「やったあ」
ローモンドは頬を膨らませて笑った。眠っていただけなのに、もうお腹が空いたのだろうか。
車を指定の場所に駐車し直し、必要な荷物だけ持って、私達二人はホテルの中に入った。
客はローモンドと私しかいない。
「一日に一組しか泊まれないしくみですから」
老人は二人が宿泊する部屋へと向かう廊下を歩きながら、他には誰もいない理由について説明した。「一日に一組というか、普段はほとんど誰も来ません。ホテルというは名目だけのものですし」
部屋に入ると、ローモンドが「あっ」と小さく声を上げた。
「どうかなさいましたか」
老人がローモンドを見る。ローモンドは私をちらりと見てからすっかり黙る。「それはそうと、この方は?」
「彼女は知り合いの地球人から預かっている子供です」
私はローモンドが何かを言い始める前に素早く答えた。
「お嬢様からは聞いていませんが――」
「内緒にしておいてもらえるかしら」
ローモンドはもう髪を切って地球人風の服装に着替えたから、モエリスの予備だった少女には見えないだろう。髪の色まで染めている。
「どうして内緒に?」
「めんどうだから」
わざとクールを装って、投げ捨てるように言った。そうした方が、もしも上部に告げ口された場合でも、私を良く知るお嬢様にとって大した問題ではないと思わせる力があるはずだから。「彼女の名前はカオリ。ほとんど言葉をしゃべれないのよ」
「そんなお子さんを預かると大変でしょう」
老人は顎を斜めに引いて右目で私を突き刺すように見た。疑っているのだろう。
「いいえ。全然。預かっているだけなの。勝手にお風呂に入ったり、食事をしたりするから。彼女の母親はシングルマザーで、しかも地方を点々とする歌手なのよ。私、地球の仕事についてよく知らなかったから、そういうのが普通だと思ってた。でも、珍しいのかもね。勉強はスマホでするらしいわよ」
少し早口になってしまう。嘘というのは、良いことをしている場合でも後ろめたいものだ。そして必要以上の情報を付け加えてしまう。
「ないことはないだろうけれど、珍しいといえば珍しい」
疑うことを止めたのか、老人は表情を緩めて肩をすくめた。「休んだら、食堂に来てください。夕食の支度をしておきますから」
タオルや石鹸類について説明をした後、老人は部屋の鍵を私に手渡し、出て行った。
つづく。
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