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連載小説 星のクラフト 13章 #6

 約束の午後七時。
 ランが樹下のテーブルにシャンパンとグラスを並べていると、キムを先頭にした一団が歩いてくるのが見えた。
「やけに人数が多いな」
 一団が近づくに連れ、その人数が想定しているよりも多すぎることが明確になり、とうとうたどり着いた時には、全員だと気付かされた。
「キム、どういうことだ」
 指示した通りではない。
「隊長。隊員は全員、とっくに異変を感じていました。ほとんど全員、ここに居る家族に対する違和感を覚えていたのです。荷物も持ってきました、すぐに0次元に帰るつもりで集まりました」
 キムも荷物を持っている。
 一番後ろに居たナツが隊員たちの間を縫って前に到達し、
「こちらで赤ん坊が消えたってやつは、もう0次元に戻した。パーツ工場で赤ん坊を見て、確かに自分の子供だと言ったよ。それからクラビスたちが家に連れていき、いまだに静止したままでいる他の家族を確認した。インディチエムがそれぞれの胸に止まった時、それぞれの時間が再び始まったんだ。で、その家族のセカンドタイプは消滅したんだったね」
 胸を張って言い放ち、キムの方を見た。
「その通りです」
 キムはランの目を見据えてうなずく。「私がこの次元での虚像が消失したことを確認しました」
「この次元にいるセカンドタイプとの別れを名残惜しいと思う者はいないのだろうか」
 後ろで待機している隊員に向かってランが言うと、先頭に居た者がランの前まで歩を進め、
「誰もいません。そもそも、全員、何かがおかしいと思っていました」
 きっぱりと言った。
「どうして今まで報告しなかったのか」
「我々は0次元空間はすでに崩壊したと考えていました。なので諦めていました」
「ここにいるセカンドタイプを置いていくのが嫌だと言う者は、本当にいないのか」
 もう一度声を張り上げた。
「いません」
 前に進み出た者がはっきりと言ったが、それでもランは確認を怠らなかった。後ろに居る隊員一人一人に歩み寄って、眼を見て確認する。
 結局、誰もいなかった。
「そんなに本物とは違うのか?」
 前に戻って、先頭の隊員に尋ねると、
「全く違います」
 と答える。
「どのように?」
「簡単に言うと、絵のようです。立体どころか、映像ですらない」
 隊員が言うと、他の者も、「そうだな」とため息のような声を発した。
「あんなチャチなものでだまされるとでも思っているのだろうか」
 声には怒りすら混じっている。
 21次元の完全にととのった風が樹木の隙間から吹き込んだ。雲に隠れていた月が顔を出し、その光が存在に映画のような陰影を作り出す。
「よし、わかった。キムを先頭に、順次、0次元へと降りていこう」
 ランが言うと、
「隊長、降りるのではなく、帰還、ではないですか?」
 先頭にいる隊員がランの目を見据えた。
「そうかな。そうだな」
「ここへ来る前、隊長自身が仰ったことを、お忘れになったのでしょうか」
「そうだったな」

 ――理由も何も聞かされてはいない。しかし、さきほどにも話した通り、結果としては必ず成功する。成功とは帰還のことだ。旅路における成功とは、帰還以外のなにものでもない。――

 ランは旅の始まる直前に放った自身の発言を思い出した。隊員たちをだまそうとしたわけではない。本気でそう思っていた。
「では、速やかに、目的地へと向かおう。順次、階段を使って進むように」
 一番遠くにいる隊員にまで聞こえるように指示した。

 その後は、驚くほど速やかに事が成された。
 ひとまず、隊員全員が建物の中にある宿泊室の、それぞれに割り振られていた部屋に入る。それから、ローランの車と、先に戻った一人が用意した車で数人を家まで送り届け、さらに、その数人の家にある車を出動させて他の隊員を湖畔の住宅街へと戻していく。
 
「あっという間だったな」
 最後の一人が0次元に向かうと、ナツはテーブルの上のシャンパンをグラスに注ぎ、ランとキムに渡した。「飲んでいる場合じゃないが」
「中身はただの炭酸水だ」
 ランはぐいと飲み込んだ。
「なんだ、ノンアルか。ほっとするやら、残念やら」
 ナツもキムもぐいと飲む。
「ナツは家族を連れて先に戻ってくれ。キムも一緒に」
「ランはどうするんだ」
「僕はまだ荷物を置いたままだから」
「荷物なんかそれほどないだろう?」
 ナツはランがほとんど手ぶらでここへ来たことを知っている。失っては困る機器は常に身に着けていることも。
「オブジェがあるから」
「あれはもう要らないだろう」
「いや、あれは、置いていくわけにはいかないから」
「どうして?」
「どうしても」
 ランは「どうして」と聞かれてもうまく答えられなかった。理由はわからない。置いたままにしてどこかに捨てられでもしたら、爆発でもしそうだが、それが理由ではない気もする。それよりも、単に日に日に緑の葉を伸ばしているオブジェは、ラン自身の鍵によって生命を与えられたものだから、責任がある気がした。
「ならば私がラン隊長にお供します。私も、ラン隊長と同じように、家族がいませんから、急ぎません」
 キムが申し出た。「ナツ副隊長、家族と、他のみんなを無事に送り届け、時間の止まっている地域の人々を目覚めさせてください」
 ナツはしばらく沈黙し、
「わかった。でも、ラン、絶対に、戻って来いよ」
 ナツはランの手を強く握りしめ、その後、キムの手も握りしめた。「ランを頼んだ」
 ランとキムはうなずき、ナツとその家族が0次元へと入っていくのを見送った。

つづく。

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