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連載小説 星のクラフト 8章 #2

「どうして司令長官はフェイクのオブジェを貸してくれたのか」
 ランはオブジェの屋根を指先で撫でる。
「本物はもう誰も触れられない場所に置いたのではないかな。次元移動により発生した、重要で、不思議なオブジェなのだから」
 ナツはやや冷かした口調で言う。
「どこから、来たんだろうね、あのオブジェ」
「確か、我々地球人の想念上のものが、立体化したと言ったのではなかったか」
 ナツはワイングラスの柄を持ってくるくると回し、香りを嗅いだ。
「僕が製作員たちに、旅の目的は《帰還》することだと強く言ったからね。そのみんなの思いが、あのオブジェを創出したのだろうと」
「ランは0次元に帰りたいのか」
「どうかな」
 クラビスに案内された0次元との接続点や、そこで見たガラスの天井の上部を思い出す。0次元は地面の下? クラビスの話だと、降りてしまえば、普通にかつて住んでいた0次元地球の街が存在し、何もなかったかのように時間が繰り広げられているのだと言う。だけど、地面の下にあることを知った後では、それほど帰りたいとも思えない。地球では人々がトンデモ話として地底人の存在をほのめかしていたが、0次元地球こそは地底だったことになる。
「実は今日ね――」
 ランはクラビスに連れられて、0次元地球との接続ポイントに行ったことを話した。そこは自分たちがここに来る前に居た建物とつながっていること、そして、クラビスに促されて、実際にガラスの天井の外側に触れ、そこからかつて居た内部を覗き込んだこと。
「まさか」
 ナツは頬を紅潮させた。ワインのせいではないだろう。
「建物が崩壊して見えたのは、上部組織が創り出した3D映像らしいよ。クラビスは実際にこちら側から建物の中に降りて、まさしく僕たちが居た建物であることを確認してきたそうだよ」
「よく戻って来れたな。向こうから接続ポイントは見えなかったはず」
「彼は地球人ではないからね。インディチエムを連れているし」
 ランが言うと、
「まあ、そうだな」
 あっさり同意する。「もしもクラビスが言う通り、建物が崩れ落ちたのは上部組織の作った映像であり、演出なのだとしたら、このオブジェもそうだろうな」
 そのナツの言葉にうなずきつつ、だとしたら、どうして鍵を装着したラン自身が司令長官の部屋にある本物のオブジェに《帰還》したのかが謎だった。
 ――このことをナツに話すべきか。
「オブジェも映像と同じように上部組織が作り、次元移動完了と共に眼前化させたのか」
 鍵を持ち出した件は、まだ話すのは早い気がした。
「クラビスの話が本当ならね」
 何が本当で、何が嘘なのか。どれが本物で、どれがフェイクなのか。
「さっきのオブジェの写真、もう一度、見せて。次元移動の直後に現れた本物の方を」
 ランはふいに、目の前のオブジェこそが本物であり、次元移動の際に全員に提示されたものがフェイクではないかとの考えが頭に浮かんだ。
 ナツはスマホ画面を操作して、改めて写真を出すと、
「あらゆる角度から撮ってあるよ」
 数枚の写真を見せてくれた。ナツはいつだって陽気にふざけているように見えて、緻密な仕事をする。
「おや?」
 写真のオブジェをよく見ると、窓や扉は立体的に装飾されているものの、開閉するようには見えない。「これだと、窓は開かないだろうね」
 ナツも目を近付けて見つめた後、同意した。
「このフェイクの方は、窓も扉も開くように作ってある」
「確かに」
 ナツは何度もうなずく。「フェイクだからむしろ時間と手間を掛けることができたのか。いや、それとも――」
「そう。この手元にあるオブジェこそが本物で、次元移動の時に上部組織が創出させて見せた物体の方がオブジェの可能性もある」
 言いながら、ランは鳥肌が立った。
「どっちが本物だろうが、フェイクだろうが、もうどうでも良さそうに思えるけど」
 ナツはオブジェを手に取って裏返したり、窓を覗いたりしている。
「窓から、建物の中、見える?」
 ランは恐る恐る聞いてみる。
「何も。窓は小さいし、扉も――。ふむ。中は真っ暗だな。穴が小さいからね」
 ――真っ暗? やはり、ブラックホールか。
 ランはぞっとした。
「スマホのライトをオブジェの窓から当てて、中を見てみて」
 自身の声が震えているのがわかった。
 青ざめているランの異変に気付いたナツは背筋を伸ばして座り直し、自身のスマホのライトをオブジェの内部に向けた。

つづく。

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