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本当の別れは忘れてしまうこと

今日8月6日は広島に原爆が投下された『広島の日』です。その日に公開された『太陽の子』。
原子核爆弾を作ろうと…純粋な科学への情熱を戦時下の軍に依って利用されてしまう若い学者たち。
命を國に捧げることを潔しとされ、選択する権利も拒否する術さえ奪われていた若き兵士たち。
愛する者を涙をのんで送り出す女たちは「無事に帰って来て」と言う言葉さえ禁句とされていた時代…運命は残酷な結果を導きだした。

その当時、町中を焼け野原にして総てを奪った原爆はその後50年間は雑草さえ生えないだろうと言われていたと聞いている。それが、昭和20年の夏の出来事。わたしが産まれたのは最初の東京オリンピックが開催された後の昭和40年代ですが…その頃には広島も長崎も復活を遂げていたと思います。住んでいた訳では無いので詳細は知りませんが、少なくとも修学旅行で行った長崎市内は自分たちが住んでいる場所と何ら変わることのない県に見えました。昭和50年代の初めの話しです。戦後50年どころか、戦後の成長期に他の人たちと同じように戦後復興を乗り越えて来たのです。原爆病に苦しみながらも平和な未来の為に、あの日失われたたくさんの命の為に被爆することの無かった他の地域以上に自分たちの土地を愛して努力を積み重ねて元通り以上を目指して頑張って来られたのだと思います。

1945年から76年後の今日…歴史の中でしか戦争を知らない私たちの代表として、小学生が読んだ過去から未来へ…未来から過去への想いの言葉を聞いていて涙が出ました。
『本当の別れは会えなくなることではなくて忘れてしまうことだ』と言う言葉に、本当にその通りだと涙ぐんで言葉を噛み締めていました。
今日の「太陽の子」の初日舞台挨拶で主演の柳楽優弥くんがその事に触れた時は…同じ想いなんだ…と思ってしまいました。きっと彼の脳裏には春馬くんの事が思い浮かんだのだろうと思いました。今日、この言葉を偶然聞いた人の何人もが彼の事を想ってくれただろうと思いました。この言葉は被災して亡くなられた先人に対して贈られた言葉ではありましたが、急逝したひとりの俳優への手向けの言葉の様に感じてしまいました。今朝聞いた式典での言葉をニュースでアップされるのを待って記事を書こうと決めていました。その前に舞台挨拶で聞く事になるとは想ってもいませんでした。
こんな素敵な言葉を紡ぐことの出来るこどもたちの築く未来はきっと希望に充ちたものになって欲しいと願います。


#ヒロシマの日 #三浦春馬#太陽の子
#柳楽優弥 #有村架純#平和記念日


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