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ティエルンというピース

『   真夜中の5分前』と言う映画の世界に於ける『ティエルン』と言う存在…妹の婚約者で姉の友人。
映画プロデューサーであるティエルンとフリーライターが職業の姉ルオランが取材で知り合ったのが最初であったと、ゴルフ場でリョウが打ったOBのボールを一緒に探しながら告白する。その視線の先には仲良く喋りながら歩く姉と婚約者が居る。どこか寂しげな物言いたげな表情である。
【最初に好きになったのはルオランだけどティエルンが選んだのは自分だった。自分では奪ったつもりは無くて、彼がわたしを好きになった。それなのに姉はわたしがティエルンを後から来て奪い去ったと思っている…そう思われているのが悲しい。】
…そう言いたげに見えた。
このシーンだけで三人の関係性を表現されているから詳しい経緯は想像するしかない。モデルをやっている妹であればツテを辿れば映画界とのコネクションを繋ぐことは難しくないだろうから直接姉に紹介されなくても雑誌の仕事などで共演する機会があれば双子と知らずに声を掛けられ出逢いのチャンスはあったかもしれない。そういう偶然を姉がルーメイが仕組んだ事として捉えてしまえば、そこで歪んだ誤解が生まれて来てしまう。見分けの着かぬ他者が勝手に勘違いする度にどちらかのせいにする訳にはいかないだろう。その中の一度でも故意が存在すれば全ての偶然が故意に取られてしまうのかもしれない。

婚約祝いのプレゼントを選ぶ為に、一度言葉を交わしただけの見知らぬ男に声を掛けるルオラン。選んだプレゼントを見透かされたく無いだけのつもりだったのだろう。それを知ったルーメイに会いたいと言われて再会する事になる、いつもの様なルーメイのイタズラで驚かせて。その帰り道にルーメイへの複雑な気持ちを告白する。出逢ったばかりの異国の青年にこんな事を言うのは、良の醸し出す雰囲気がそうさせるのかもしれない。それは再びゴルフ場の別荘の夜の慟哭の叫びへと繋がっていく。
双子の 心のヒダを受け止めるのが『良』と言う存在であれば、ふたりの感情を映す鏡のような役割が『ティエルン』なのではないだろうか?

別荘でのティエルンがルオランを見る雰囲気に未練を感じさせる目線に思えたのはわたしの深読みだろうか?本当はどちらが好きなのか…どちらを愛しているのか戸惑いが存在するように感じた。もしかしたらそれすらも自信が無いままにルーメイと婚約したのかもしれない。そういう不安定さがこの後のクルーズ船事故によって呼び覚まされ、生き残ったフィアンセが…妻となった彼女が本当に自分が選んだ女性で間違い無いのか?という疑念を持たせてしまう。
その疑いの眼差しに見詰められながらの毎日の中では、自分が本当にルーメイで間違い無いのか?もしかしたら自分はルオランだったのでは?姉妹を失ったショックで自分の記憶が混同してしまったのでは?と疑心暗鬼になってもおかしくはないのである。一卵性双生児ゆえの悲劇だと思える。ティエルンが彼女を疑いの目で見れば見るほどに迷宮に入り込むが如くに心がさ迷うのだろう。
結局ルオランの恋人の良を頼って見分けて欲しいと頼むことになる。「病室で目を覚ました彼女が、あなたを選んだ。それが答えだ」と声を荒げて叫ぶ。生き残ったのが自分の恋人であれば…と思わない訳が無いのに残酷な仕打ちである。しかも1年も経ってから…。直後には本人が言う事を疑いもしなかったのだろう。腑に落ちないことが有ったとしても事故の後だからと納得させていた。その不安が日を増す毎に増幅されて止められなくなってしまったのかもしれない。自分のそんな気持ちが彼女にそうさせているとは思いもしなかったのだろう。それこそが、まるで人が変わってしまったかのようなルーメイになったのだ。どんな形であれルオランが共に生き残っていれば陥らなかった闇なのだろう。一卵性双生児はお互いに魂を共鳴しあうと聞いたことがある。片方が考える事が分かるとか、何もしていないのに傷が在るとか…理屈では説明の出来ない不思議な事があるという。もともとが1つのもので在ったのが分かれた存在だから。その片割れを喪った者がまるで別人の様になるのは必然ではないのだろうか。

モーリシャスに立ち戻りロザリオと腕時計を置き換えていた女性は実はルーメイでありルオランでもあったのだ。ふたりの魂が1つとなって新たな人格として生まれ変わった女性だったのだと…容姿も記憶もふたりのものだけれども心は生まれ変わったのだと思う。ティエルンが彼女を見離した…別れを告げた事によって新たな自分になったのだとそう感じた。『良』と言う存在ではなくて、『ティエルン』という通過点がふたりを変えたのだろう。双子の危うげな感情を映し、ふたりの存在すら変えてしまった…『ティエルン』とはそういう存在なのだと改めて思った。


生まれ変わったルーメイは、良を選ぶのか?絶ち切ってひとり前に進むのか?またしても良は過去に置き去りにされてしまうのだろうか…

謎だけが深まる世界だ。

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