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サバイバルレベルのアラビア語学習者が「人種差別」という意味の単語を覚えてしまった【JOCV Day232】

ここ数ヶ月はヨルダンの街中を歩いていると知らいない人から「コロナ」、「ファイルース(ウイルス)」と言われることが増えた。基本は無視しているのだが、気分が良くなるはずもない。おそらく生まれてはじめて確りと人種差別に遭っている。

言い返したくもなるし、そのための言葉もいくつか考えつく。これを聞いたら襲い掛かってくるのではないかと思ってしまうくらいの酷いものも考えられてしまう。

簡単な言葉になってしまうのだが、差別と戦うことがいかにエネルギーを使うことなのか、少しだけ分かった気がする。

そんな中、はからずも「人種差別」という意味のアラビア語を習得してしまった。

التمييز العنصري (altamyiz aleunsuri) 

アラビア語は右から左に読む。最初の التمييز が「差別」、続く العنصري が「人種」をそれぞれ意味する。セットで使っても良いし、単独で使っても「人種差別」の意味で通じるようだ。

「コロナ」と指差された時に一度だけ言ったことがあるが、アジア人からアラビア語でこの言葉が発せられて驚いたのか、やや申し訳なさそうな表情になっていた。

ここからは経験にもとづく所感だが、例えばある人が私に対して「コロナ」と言う時、おそらく彼の中では私の個性などどうでも良いことになっている。「アジア人」に対して「コロナ」と言ってやりたい感情を、たまたま目についた私にぶつけているのだろう。ここではおそらく数の原理が働いていて、まわりがアジア人だらけだったら彼はそんなことは言わないだろう。全員から袋叩きに遭うだけだ。まわりがヨルダン人の中でアジア人が私一人しかいないという「場」を見極めている。

言葉は「場」に応じて慎重に選んで使わないと争いの種になりかねない。仮に私が彼に対して「ユダヤ教徒」などと言ったら完全にアウトである。その場全員を的に回すことになるからだ。繰り返しになるが、無視してその場をやり過ごせるのならそうしたほうが良い。億が一何か言い返したいのであれば、その場にいる人が自分の味方になる可能性の高い言葉を選んだ方が良い。

有効な言葉の候補の一つが「人種差別」だと思っている。誰であれ人を病名で呼ぶことは許されるものではない。ヨルダンでもアジア人に対してコロナと病名で呼んでくる人はほんの一握りだ。大半の人は、警戒はしているだろうが、そのような攻撃はしてこない。コロナを理由にアジア人を差別してはいけないと主張するSNSの投稿も出てきている。

「コロナ!」に対して「それは人種差別ではないか?」と言えば、ヨルダン人も何人かは共感して味方をしてくれるかもしれない。

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