見出し画像

未明の寿司屋

先日のことだった。

出先で最終電車に間に合わず、深夜に途方に暮れた。
日曜日の日付の変わった深夜だったためか、東京の中心近くでも空いている場所は少なかった。

絶対やっているのはインターネットカフェかカラオケ、松屋、富士そばあたりで、自分の好み的には落ち着けるカフェを探していたのだけど、そうはいかなかった。意外だなと思ったのはマックなどの24時間営業をうたう場所でも深夜帯はメンテナンスのために店を閉めることに始まり、その他カフェ、レストランはほぼやっていなかった。

意外で、確実に開いていたのが海鮮系居酒屋、寿司屋だった。

「たまにはいってみるか...」と安く済まないのは承知で入った。
マグロ、生タコ、サーモン…。
あったまるためにあら汁を頼んだら、タクシーで家に帰れる値段を超えていた。

一応、だけど五臓六腑に染み渡るような素晴らしい美味しさだった。

中にいるお客さんは、何故か健康そうで、裕福そうだった。今が月曜日の未明だとは決して思わせない。外の荒涼とした雰囲気とのギャップで、何か夢の世界にいるようにすら思えた。
きっと何か一般的ではない仕事をしているに違いないと思った。

あったまったところで寿司屋を出る。
まだ始発まで時間があるので、コンビニでお茶などを買う。

深夜というのは同じ暗闇でも、3:30を過ぎた頃から風の感触が変わり始め、朝の空気になる感じがする。

人工的な建物の中だけ、まだ夜がずっと続くと思い込んでいて、その中でずっと電気の明かりを保ち続けようとしているみたい。

テーブルの上に積まれたイスが並ぶ薄暗い閉店後のレストラン…人気(ひとけ)はあるのだけど今は誰も話しかけて欲しくないし、こちらもそうしなくていい、という雰囲気。

あるマンションのエントランスの、比較的高級なのに誰もいないキャメル色のソファと、小綺麗なテーブル、角にある観賞用植物。

そこにオレンジ色みがかった灯りが室内を照らしている。
灯を見つめていると「ティン...」と音がしたように聞こえた。しかし何か音がなったわけではない。明かりがつくという視覚的動作が「ティン...」という音情報を頭の中で生まれさせたのだと思った。

誰を受け入れてもいい暖かさを醸し出しながらも、誰もいない事を悟っているような雰囲気。

今夜何かがあった女性が、涙を目ににじませて腰を下ろしていてもおかしくない。
その様な姿を想像させた。

その外では風が流れ始め、夜の空気は消え、私たちが早朝感じるさらにひんやりしたものに変わっていく。

気づいたら約20分後に始発がやってくる時刻だった。

#寿司屋

#小説

#エッセイ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?