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闇夜の草津線

 伊賀の山々に抱かれた明治以来の鉄道の要衝に、クリーム地にマルーン帯のオリジナルカラーを残す117系電車の姿があった。深夜の柘植駅。8月も半ばを過ぎ、虫の声が時折聞こえてくる。

 発車間際、ヘッドライトが灯り、二条のレールが闇に浮かんだ。今夜の草津ゆき最終列車。さあ、発車だ。

 県境を過ぎ、油日、甲賀、寺庄―――と味わいのある駅名が続く。6両編成の車内に乗客はほとんどなく、しかも新月の夜だから、車窓は漆黒の闇。ここまで“無”の境地で117系電車に揺られることになろうとは。

 関東で生まれ育った身としては、関西の新快速として世に出た117系電車に親しむ機会は限られていた。学生になって行動範囲が広がった頃には、すでに他用途に転じた車両が大半だったが、主に「青春18きっぷ」を使って普通列車を乗り継ぐ旅の途上、各地でお世話になったのは良い思い出である。
 中でも、この2009年8月の草津線での体験は、わずか40分あまりの乗車ではあったが、実に印象深く、珠玉の時間として記憶に刻み込まれているのだ。

― 117系電車の定期運用引退に寄せて ―

静まりかえった、夜の柘植駅

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