将棋ウォーズ対局日誌 その4 早い段階での投了の美学 負け方の選択
今回は、早い投了(負けたという意思表示)についてです。
□横歩取りの将棋
本局は、10分切れ負けの将棋で、私が先手で画面下側です。私が、いま後手からの△7七角成りに▲7七同桂と指した55手目です。
そして、後手は次の1手を指さずにここで「投了」しました。時間切れ負けや、通信接続切れ負けではありません。持ち時間もまだまだあります。
まだまだ中盤の局面で、後手も王様を攻められているわけではなく、すぐに負けるような局面ではありません。
では、なぜ投了したのでしょうか?
局面を良く見て頂くとすぐに分かりますが、画面右上の2四にいる飛車が3六にいる桂馬で取られる位置にいます。そして飛車の逃げ場所が無く、飛車を助けるようにするような手もありません。先手が飛車を取る狙いで桂馬を交換して狙ってこの局面にしています。とは言え、後手も飛車がただで取られるわけではなく、必ず桂馬と交換になる形です。
つまり、後手は、「飛車を取られてしまって、飛車と桂馬の交換になり、かなり駒損で形勢が不利だから投了した」という判断だと思います。さらに言えば、「飛車を取られた後に、先手からは、2一飛車や8二飛車という厳しい飛車の打ち込みがあり、それらを受ける適度な受けや、相手玉への厳しい攻めも無い」と思ったから「投了」を選んだのだと思います。
□角交換振り飛車の将棋
本局も、10分切れ負けの将棋で、私が先手で画面下側です。私が、いま3七にいた銀を▲2八銀引きと指した39手目です。
まだまだ中盤戦ですが、なんと、先ほどの対局と同様に、後手は次の1手を指さずにここで「投了」しました。対戦相手は、前局とは別のお相手です。
では、なぜ投了したのでしょうか?
おそらく、後手の読み筋は、『△2五桂跳ね→▲2六銀上がる→△2八角打ち』で、次に香車を取って馬が出来て後手良しだったのではないかと思います。読みに無い手を指されたのが誤算だったのではないかと思います。
この局面は、次に先手の手番になると、▲2六歩と打つと、相手の桂馬が助かりません。いわゆる、”桂馬の高跳び歩の餌食”というやつです。
そのため、例えば、次に先手から桂馬を取りに行く指し方『▲2六歩〜▲2五歩〜▲5三桂打ち等』や、あるいは、形良く別の攻め方で、『▲7五歩〜▲8六飛車〜▲6五角打ち』のような攻めが見えてしまい、ダメと判断したのだろうと思います。後手玉は薄い形ですし、歩切れですし、画面右上にいる飛車、金、銀の形が重く、先手の飛車は5筋を直通しており、如何にも先手から何か技がかかりそうな局面にも見えます。
ただし、仮に桂馬を取るにしても先手は2手必要で、この局面は後手の手番なので、例えば、すぐに△7四角と飛車取りに角を打ち、飛車が逃げれば△4七角成りを狙う指し方や、『△6四角打ち(銀取り)→▲3八金(銀取りを受ける)』から、その次に『△4四銀〜△5五銀〜△4六歩』など飛車にプレッシャーを与えながら攻めていったりと色々な攻め方があります。
何をどこまで読んだのかは分かりませんが、この局面は後手の方が悪い、あるいは、この相手では、ここから逆転は無理と判断したので、「投了」を選んだのだと思います。
□投了の美学
ここで、かなり早い段階で投了されたことについて、私が思うことを書いてみます。あくまでも、私の正直な感想です。
・まさかの早い投了にビックリ、驚いた
・中押し勝ちしたみたいで気分が良い
・相手に強いとリスペクトされてるようで嬉しい(序中盤で力の差をつけれたようで。この相手では逆転は無理と思われたようで。)
・引き際、チリ際が綺麗で美しい
・ここで負けを認めるなんて潔くてかっこいい。
・自分はこんなに早い段階では負けを認めることが出来ないから、余計に凄いと思う。
・自分も少しは見習って、綺麗な投了、潔い投了も出来るようにならないといけないなと思う。
・ここでもう諦めるなんて勿体ない。
・将棋は逆転のゲームだから、まだまだ勝負は最後まで分からないのに。
・読み筋に抜け漏れがあり、何か誤算があり、気持ちが切れたのかな。不甲斐ない将棋を指してる自分に怒りや嫌気がさしたのかな。
・不出来な将棋に対しての耐性や忍耐が弱いのかな。自分が選んだ指し手だから最後まで頑張らないと駒達が可愛そう。
・諦めが早すぎる。みっともなくても、クソ粘りしたり、もっと悪あがきすれば良いのに。
・この後に、どんどん局面が悪くなり、差が目に見えて広がり自分がボロボロになって負けるのが嫌なのかな。
以上のように、良い印象の感想も、悪い印象の感想もあります。ということで、ただの一局の勝ち負けなのですが、実は将棋の場合には、そこには色々な考え方があります。人によっては、上記以外の所感もあると思いますし、また上記の私の所感内でも、人によって理解や共感出来る感想も、全く理解や共感出来ない感想もあると思います。。(誤解されないように、念のために書きますが、ここでは、早い投了が嫌いとか、悪いとか否定をしているわけではありません。)
将棋を指さない方には、「負け方なんて、どうせ負けなんだから、どうだって一緒でしょう」って思うと思います。確かにその通りだと思います。しかし、実はどんな負け方を選ぶかは、人によっては凄くこだわりがあるところです。そこには、敗者の美学があるのです。
早い投了が良い、悪い、最後まで指すのが良い、悪いとかではなく、当然ですが、どちらにも同様にそれぞれの長所と短所があります。どっちが良いや悪いもありません。これは、あくまでも、その人の好みの選択であり、各個人の好き、嫌いの話になります。
そして、それは、ちょっと大げさな感じになりますが、将棋を指す人にとってのそれぞれの将棋への思いだったり、信念だったり、ポリシーだったり、イデオロギーだったり、美学だったり、価値観だったり、あるいは、人によっては全くこだわりが無い、どうでも良いこと、だったりもするのです。
うーん、奥が深い。。そして、めんどくさい。。
□今回のまとめ
将棋には、負け方を選ぶ権利があります。どの局面で負けにするのかは、敗者の選択肢です。そして、そこには、将棋指しとしての価値観や敗者の美学が強く表れます。
私もこれから、出来る限り、自分なりのかっこ良い負け方を追求して選んでいきたいと思います!
最後までお読み頂きありがとうございました。😊
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