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実録・ひょう六噺

聞いた話じゃによって確かなところは分からんが

まことに恐ろしいことがあったげな



昨日の夕刻、ひょう六は婆を迎えに行き家に連れ帰った

兄の助けに月に一度は婆の世話をしておるのじゃ

婆は齢九十と一つ

杖を頼りに歩けるには歩けるがおつむりは年相応に呆けておる



婆を家に上げいつもの場所に座らせ、ひょう六が荷物を片付けておった時じゃ

急に婆が後ろで「これは苦いのう!」と声がしたのじゃ

振り返ったひょう六は肝が冷えた

なんと婆は痒み止めの白い液薬を呑んでおったのじゃ

泡を食ったひょう六、急いでぬるま湯を湯飲みに三杯飲ませて吐かせようとした

婆は平気な顔をして、飲んだものは簡単には吐けぬわなどとどこ吹く風

しばし様子を見ていたがおかしなそぶりもない

幸い飲んだ量が少なかったらしい

胸をなで下ろしたげな



夜になった

ひょう六とその兄と婆の三人は、あれやこれやと夕飯をたらふく食べて麦酒まで飲んだ

婆もええ気分でその夜は寝てしもうたと

ひょう六も兄と、つぶピーやらチータラやら残ったつまみで互いの困りごとなどをあれこれと話をしたことよ

夜も更けて兄は帰って行った



それは明け方のことじゃった

床の中でひょう六は妙な音を聴いた

とっすん とっすん

怪しげな足音がする



どうやら婆が寝所から抜け出してきたような

明け方に小用に起きるのはよくあること

まあいつものやつじゃ

うつらうつらしながらひょう六はそう考えた

そのうち足音は危ういながらも厠にたどりつく

やはり

どうせそのうち寝所に戻っていぎたなく二度寝をむさぼるに違いない

ひょう六はそのままうすぼんやりとまどろんでおったそうな



はて

足音は洗面所に向かっておるような

いぶかしく思っているうちにどうも入れ歯を入れている気配が

面妖な

なぜ今時分に

まだ朝餉の準備などまったくしておらん

自分で何かを作る気など毛頭ないはず



足音が台所に向かっていく

何をしようというのか

つい耳を澄ます



そのうちかすかな音が聞こえ始めた

ボリボリ ボリボリ ボリボリ



ひょう六は布団を跳ね飛ばした

すわ

婆、今度は何を口の中に

急いで婆を止めなければと台所に駆け込んだ



なんと婆、昨日の残りのつぶピーをむさぼっておったそうな



おそろしやおそろしや

聞いた話じゃによって仔細は分からぬが

げに婆の振る舞いにはいつも肝を冷やすことじゃ

今朝も婆は陽気に笑っておったわ

(了)

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