【未来小説】Kazuyaさんの未来小説
今秦 楽子
「次、新宿に止まります」
ドアの上の電光パネルが
降りる駅を指していた。
昼間でも駅には人通りがあった。
流れるまま、待ち合わせのビルに向かう。
約束の10分前。
ビルの影に自分を映し出す。
身だしなみは大丈夫だなと息をつく。
今日は、clubhouseで知り合った彼女と
初めてのデート。
お寿司が食べたいとのリクエストに、
高層階のランチを予約した。
僕よりずっと年下の20歳の彼女の声は
穏やかな印象で。
あらかじめ頂いた写真からは
僕の好みのタイプに寄っていた。
待ち合わせの時刻を腕時計が指していた。
胸がざわつく、すっぽかし?
不安がよぎった時、ちょうど携帯が鳴った。
「Kazuyaさんですか、今到着しました、
どこですか」
LINEにメッセージが写る。あたりを見渡すと
水色のワンピースに
肩から白のカーデガンをかけた彼女が
キョロキョロしていた。
LINEの返事もよそにその彼女の元に
近付いた。
「やっと会えたね。Kazuyaです。」
「めぐみです。Kazuyaさんって印象
変わらない」
声色も調子もclubhouseと同じめぐみちゃん
だった。ふんわり花の香がした彼女が
はにかんだ後、そっと視線があった。
ぐっと胸を掴まれた気になった。
彼女と寿司をつつく。
今どんな音楽が好きか話していると
TikTokの話題になって。
好きなチャンネルを一緒に観ようと画面と
イヤホンを共有した。
僕の知らない世界を運んでくる
めぐみちゃんは数日後、僕の彼女になった。
仕事の休みをあわせて
僕たちはデートを重ねた。
夜景を見下ろすレストランで
食事をとったり、
海までにドライブしてみたり。
距離が少しずつ少しずつ縮まって。
彼女を送った別れ際、
僕たちははじめてキスをした。
ひとつの季節が過ぎた頃、
彼女が21歳になる日を迎えた。
アウトレットまで車を出して
彼女の買い物に付き合う。
「今日は欲しいもの全部買ってあげる、
遠慮しないで。
お誕生日のプレゼント何を選んでいいか
分からかったから」
「……ありがとう」
遠慮ぎみの彼女は、
雑貨や、ボディーケア用品を
購入していたけれど、
僕はつい店員に彼女のコーディネイトを
依頼した。
準備された衣料を試着しに彼女は
個室のカーテンに入っていって。
束の間、
隙間から顔を覗かせる彼女は恥ずかしげに
これ欲しいと照れていた。
「これ全部ください、あと今日この格好で
過ごしたいんでタグを切って欲しいです」
「いいの? ありがとう。わたしも今日は
これ着て過ごしたいと思ってた」
ウィンドウを眺めながらさらに喜ぶ彼女の
笑顔を見るのが幸せだった。
さっと出した手に合わせてくる手が、
僕たちはつながってると感じて。
じんわり乗っかってくる温かみに安心した。
その後、少し気取ったイタリアンで食事を
とって帰り際には、
バラの花束をそっとトランクに隠した。
彼女の喜ぶ顔が、彼女からの言葉が、
僕のエネルギー源になっている。
「愛してる」 と改めて伝えた。
逢えない日でもclubhouseは開いていて、
いつも彼女と話していた。
彼女の悩みなんかも大人として
伝えられることを伝えて。
母子家庭で育ってきたこと、
父を覚えていない事、
経済的に豊かではない事。
寂しさや劣等感を抱えている事。
ひとつひとつ
心をさらけ出してくれる彼女は、
僕の生きる意味だった。
年齢差も関係ないと言い切ってくれる彼女、
赤ちゃんも産みたいし、
僕の老後もみたいとまで言う彼女。
出会えたことこそ感謝でしかない。
ある日、母の健康がすぐれないと
彼女はつぶやいた。
鼻声で伝える声は心細そうで
いたたまれなかった。
故郷においてきた親を案ずる彼女。
愛おしかった。
「病気のことは
今すぐなんとかなる事ではないし、
待つしかないよ」
「そうなんだけどね。
それより見舞いに来るなって言われたのが
ショックだったの」
「親心なんだよ。お母さんを信じよう」
ぐすぐすと落ち込む彼女には
温かいミルクを飲んで眠るように伝えた。
「やっぱり心配だね、車だすよ」
彼女の休みを待って彼女の実家のある
栃木に向かった。
彼女の母親を見舞うため。
僕を紹介するために。
彼女の母は僕と同年代ぐらいだけれど
若々しかった。
病状は回復に向かっているという。
ひと目会えた彼女はほっとしたのか
少し前向きな言葉を並べるように
なっていた。
彼女は有給を使って1週間、
栃木にとどまった。
その間も僕とはclubhouseでつながって、
親の様態が更によくなった事や、
親子水いらず過ごせる事、
栃木に連れてきてくれて
感謝している事なんかを伝えた。
片親だったから親からの愛を十分に
受けられなかった事を思い出したといい、
安定しない情緒が見え隠れした。
「めぐみちゃん、目を閉じて、
僕を感じられる? 頭、撫でてみて?」
彼女が僕を信じて行動しているのを感じる。
「がんばったね、偉かったよ。
お母さんのこと心配だったね」
彼女から気が抜けたような波動を感じた。
言葉を続ける。同じ動作を繰り返すように。
「Kazuyaさん、
今ものすごくリラックスしてる」
彼女の声色が変わった。
「唇、押さえてみて、
肩を両手で抱きしめてあげて。
僕に包まれる印象で」
スピーカーから彼女の動作音を受けて。
僕も同じ動作を続ける。
ふたりの愛が溢れると、
世界にも愛が溢れてゆく。
「身体をなでていたわってあげて」
彼女は胸、子宮 卵巣と手を当て、
安心、安全な心持ちに身を委ねた。
「好きな所を感じてみて」
彼女は感じるままに身をなげだし下着の中へ
手をあてた。
その奥へゆっくりとしめつける
肉厚の受け皿に彼女の指は到達していた。
それを感じる僕も準備できていた。
「めぐみちゃん、今めぐみちゃんを
感じているよ。温かくて安心できる。
僕のこと感じることができる?」
「うん、Kazuyaさんを意識できるよ、
安心できて心地がいい」
しばらくふたりは呼吸を合わせ、
息づかいを感じあっていた。
離れていてもお互いの視線が感じられる。
しばらく抱き合っているような感覚で
愛を確かめ合った。
その時ふわっと彼女の匂いを感じた。
そして僕は果てた。
と同時に一緒に会陰から頭上にエネルギーが
つき上がりオーガズム に到達した。
愛がそこで循環し安心が降り注いた。
ふたりにとって尊い時間が流れた。
この愛の時間を共有する。
彼女の母も一旦落ち着いた事で東京に彼女は
戻ってきた。
僕たちは前と同じようにデートを
重ねていた。
「ディズニーランドに泊まってみたい」
なんて無邪気に話す笑顔を眺めつつ
舞浜にホテルを取った。
誕生日に着ていたコーディネート姿で
待ち合わせにやってきた彼女はそれ自体で、
僕をときめかせた。
晴れわたったおとぎの国はみなを少年少女に
変える魔法をかけて。
ミニーちゃんのカチューシャをつけた彼女は
いつにもましてはしゃいでいた。
僕たちはつないだ手から
愛情の受け渡しをしていた。
アトラクションを待っている時でも、
歩きながら話している時でも、
手から彼女を感じる。
時に強くにぎって合図しあって、
意図することが手から伝わる。
あっという間に日がおちて
夕陽さすシンデレラ城を眺め、
僕が言葉を紡いでいると
彼女が唇を押さえた。「好きです」
不意に彼女から告げられ心が躍った。
ホテルへ帰ると、
彼女はリラックスしていたけれど。
「疲れたんじゃない?
お風呂入れるからゆっくりしておいで」
バスボムを放り込んで湯を張る。
今日は彼女がシンデレラ姫なのだから。
小一時間ほど彼女の入浴を待ちながら、
フルーツとスパークリングワインを頼んだ。
ガウンをまとった彼女が隣に
ちょこんと座った「食べていい?」
なんてニコニコしながらぶどうをつまんで。
乾杯して。彼女と過ごすはじめての夜、
僕は彼女と反対に緊張していた。
「僕も汗流してきていい?」
熱めのシャワーが心地よく身体を流れた。
体を拭いて部屋へ戻ると、
彼女はベッドでまどろんでいた。
「めぐみちゃん、今日はお疲れ様だったね。
楽しかったよ」
「うん、ちょっと寝てた」
「いいんだよ、ゆっくりしたらいいよ」
「ありがとう」
ベッドサイドでフルーツを摘みながら
ビールを飲み干す。
少しずつ緊張がとけて横たわる彼女を
眺めることでリラックスできて。
この子のためならなんでもできるし、
この子を守っていかなければ。
もちろん彼女の親も守らなければなと
決意する。
彼女の横にもぐり込む。「大好きだよ」
と寝ぼけまなこで抱きつく彼女に、
「僕も」と抱き返した。
いつまでもその姿勢で、
愛の言葉を交わし合う。
薄暗い中で彼女と目があう。
「愛してるよ」
「いつまでも一緒にいようね」
「いつもがんばってるね」
思いつく言葉を彼女にありったけ
伝えてみた。
急に彼女は起きあがり僕の前で正座して、
これからもよろしく。
といいながら頭を下げた。
愛おしくなった僕は
座ったまま彼女を抱きしめた。
抱き合いながら目と目を合わせ、
息づかいを確かめあう。
ガウンを脱ぎ去った、
僕と彼女は生まれたままの姿になっていた。
彼女の胸の鼓動を感じる。
僕の鼓動も彼女に伝わって、命を感じ合う。
背中を肩を腰を愛撫して彼女から
気持ちが昂った声が出て。
愛の言葉を彼女に伝えて、伝えて、伝えて。
人間に戻った僕は彼女の中に入っていった。
僕は彼女の肉厚の受け皿を感じながら、
彼女は僕自身を感じながら、
お互い目と目をしばらくずっと合わせた。
愛を与えて、愛を受け取って。
その時がきた。
彼女も僕も会陰から頭上に抜ける
エネルギーの流れが循環して
愛が降り注いでいる。
彼女は嗚咽しながら泣いていた。
彼女自身もなぜ泣いているのかわからないと
話し、
愛されている充実感に気持ちが
溢れてしまったらしい。
その晩、愛おしい彼女を抱きしめながら
眠りについた。
それからも彼女とはclubhouseで時間を
共有して、
食事に行ったり、彼女の家でデートしたり。濃密に、愛情のエネルギーを循環する中心に
僕たちはいた。
そんな半年がめぐりすぎ、
僕たちが出会った季節を迎える。
東京郊外に白木に囲まれた新築物件を
僕らは見学していた。
そこには僕たちの新居が建っていた。
はしゃいだ彼女はオープンキッチンで
空想の家電を並べては、
はしゃいでいる。
彼女はこのたび会社を辞めて家に入るのだ
という。
彼女のお腹には尊い命が宿っていて。
もちろん心配な彼女の母を呼び寄せたいと
思っている。
(了)
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