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『ドリアン・グレイの肖像』の序文には解読方法が書かれています

「すべての芸術はまったく役に立たない」で終わる『ドリアン・グレイの肖像』の序文は一見すると非常にナンセンスです。
この序文はオスカー・ワイルドの芸術論でもなければ皮肉でもありません。『ドリアン・グレイの肖像』の真相を読むための解読方法になっています……という仮説です。(でも序文を読むだけで真相が分かるので合ってると思う。少なくとも1890年版(初版)のテクストでは)

なお、この記事での解読方法は天才🐾文学探偵犬さんの下記の記事と『ナボコフの文学講義』を参考にしています。

訳文はGoogle翻訳をベースに直してます。

序文にはストレートに答えが書いてありますが、その部分にはこの記事では触れません。それはもう、あらすじを知っていればすぐ分かっちゃうくらいストレートに。
ちなみにWikipedia英語版の記事によればオスカー・ワイルド自身がもっとストレートに真相を書いちゃってます。

原文

さて、まずオスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』(原題『The Picture of Dorian Gray』)の原文へのリンクを挙げておきます。著作権は切れてます、100年以上前の小説なので。

青空文庫にある日本語版(渡辺温訳)は抄訳のようなので、どうしても日本語で読みたい人は本買うか機械翻訳にかけるなりした方がいいと思います。
序文があるのは1891年版ですが、話としては13章版のほうがストレートで読みやすいです。

美しいものの意味

The highest as the lowest form of criticism is a mode of autobiography. Those who find ugly meanings in beautiful things are corrupt without being charming. This is a fault.
Those who find beautiful meanings in beautiful things are the cultivated. For these there is hope. They are the elect to whom beautiful things mean only beauty.

最も高い(多い)最低の批判は、自分語りのようなものです。美しいものに醜い意味を意味を見出す人は不正直で(間違っていて)、魅力的ではありません。そこは欠点です。
美しいものから美しい意味を見つけられる人は教養があります。それが(作者の)希望です。それらは美しいものが美しいものを意味するように選ばれています。

ただの退廃文学じゃないぞちゃんと読んで、という意思表示が半分。
残りは登場人物の美的感覚が事の真偽と関係しているということかと思われます。charming(魅力的)というところはもっと意味があって、よくとある人物の形容詩に使われてます。
深くつっこまないけど「They are the elect to」には別の意味もありそう。

道徳主題

There is no such thing as a moral or an immoral book. Books are well written, or badly written. That is all.

これは道徳的な本でもなければ不道徳な本でもありません。(読者が)きちんと理解できたか、そうでないかです。それが全てです。

作者は本当は道徳について語っていません。「There is」と単数形なのでこの解釈で合ってるはず。

批評家主題

批評家主題とまとめていますが、どちらも批判者なのか、それとも片方はヘンリー卿のみで良いのかはちょっと確信持ててないです。

The critic is he who can translate into another manner or a new material his impression of beautiful things.

批評家(※ヘンリー卿)は美しいものの印象を別の方法や新しい素材に言い換えられる人です。

ヘンリー卿は真実を知っています。表立って明らかにはしませんが。
「manner」「material」はあとでもう1回ずつ出てきますが、どちらも道徳論に関するものです。つまり道徳論の表面的な内容はどうでもよくて、オスカー・ワイルドがそれらの中に「美しいもの」の真実を露わにするカギを隠したということ。

When critics disagree, the artist is in accord with himself.

批評家(※ヘンリー卿)が同意しないとき、芸術家(※バジル)は芸術家自身のことを語っています

バジルは人のことを語ったようでいて実は自分のことを話しているのです。

芸術家主題

芸術家とは基本的にバジルのことです

The moral life of man forms part of the subject-matter of the artist, but the morality of art consists in the perfect use of an imperfect medium.

人間の道徳的生活は芸術家主題の一部を形成しますが、芸術の道徳は不完全な媒体を完全に用いることで構成されます。

この箇所の芸術が人物なのか作品群なのかまだはっきり分かっていません。どちらも指しているのかもしれません。ともかく道徳が語られている箇所はバジルの在り方と関係します

No artist desires to prove anything. Even things that are true can be proved.

芸術家は何も証明したくありません。(なのに)真実さえ証明されてしまいます。

バジルは証明したくないのです。なぜなら……(続きは本編で)

No artist is ever morbid. The artist can express everything.

芸術家は死にたくありません。芸術家はすべてを表現できます

バジルはすべてを表現できます。しかし証明はしません。

No artist has ethical sympathies. An ethical sympathy in an artist is an unpardonable mannerism of style.

芸術家は倫理的に共感しません。芸術家の倫理的な共感は、許容しがたいマンネリ形式です。

ここもちょっと解釈しきれていなくて、「倫理的な共感は読者に向けためくらましです」か「倫理的な共感はマンネリじみた表現で表されます」かな。
「許せる」はあとの方でもう1回出てきます。「manner」は批評家主題で回収済み。

芸術主題

芸術家主題と芸術主題はちょっと違います

The nineteenth century dislike of realism is the rage of Caliban seeing his own face in a glass.
The nineteenth century dislike of romanticism is the rage of Caliban not seeing his own face in a glass.

19世紀の自然主義への嫌悪感は、キャリバンが自分の顔を鏡で見ることへの怒りです。
19世紀のロマン主義への嫌悪感は、キャリバンが自分の顔を鏡で見ないことへの怒りです。

だいぶ重要なところです。作中ではちょこちょこ芸術作品が出てきますが、それらが自然主義とロマン主義のどちらになるのか調べるともっと真相に近づけるのでしょう。(まだあまり詳しく調べてない)

Thought and language are to the artist instruments of an art. Vice and virtue are to the artist materials for an art. From the point of view of form, the type of all the arts is the art of the musician. From the point of view of feeling, the actor’s craft is the type.

思考と言語は音楽によって象徴されます。道徳論や感情は(作者と)登場人物の作為です。

ここの解釈はかなり自信がない。2文ずつ読み取らないと意味が繋がらないとは思います。
「material」は批評家主題で回収済み。
とにかく長ったらしいセリフや道徳論は形式的なもので、オスカー・ワイルドが裏の意味を仕込んでますよということ。

All art is at once surface and symbol.

全ての芸術作品は表面的なもので象徴です。

芸術作品が出てくるときは単なる衒学趣味ではなくて、そこに隠された意味があるということ。

Those who go beneath the surface do so at their peril. Those who read the symbol do so at their peril.

表層の下に行こうとする人は危険を冒します。象徴を読み取る人も危険を冒します

作中で不幸にあった人は何らかの真実に触れたということです、おそらく。perilにはもっと別の意味もありそうですが……。

Diversity of opinion about a work of art shows that the work is new, complex, and vital.

作品についての意見が割れるときは、作品が新しく、複雑で、活力があることを示しています

意見が割れているときは、その中に直近の文脈に関係することが隠されているとも読めます。が、異論が出なくなってきたら「作品」が古くなっているという解釈もありえる。(この手の解釈は排他ではなくand/orです)

We can forgive a man for making a useful thing as long as he does not admire it. The only excuse for making a useless thing is that one admires it intensely.
All art is quite useless.

人がそれを称賛しないのであれば作り物ではないと許容できます。
作り物についての唯一の言い訳は、それを熱烈に称賛することです。
全ての作品は役に立たない

全てのart(芸術)は役に立たない」という箇所は明らかにおかしいので頭を使いなさいと言うAuthor-Godの啓示です。
と同時に、その前の文は最後の1文を踏まえて読まないと意味が通りません。「art(芸術作品)は役に立たない」ので、役に立たないもの=芸術=作りものです。
つまり、何かを熱烈に称賛しているときは、隠したいものがあるのです

鏡の裏表

ところで、序文については一部を除き二項対立関係の文が交互に書かれています。

鏡を「見る」側

  • 19世紀の自然主義への嫌悪感は、キャリバンが自分の顔を鏡で見ることへの怒りです。

  • 人間の道徳的生活は芸術家主題の一部を形成しますが、

  • 芸術家は何も証明したくありません。

  • 芸術家は倫理的に共感しません。

  • 芸術家は死にたくありません。

  • 思考と言語は音楽によって象徴されます。

  • 表層の下に行こうとする人は危険を冒します。

  • 人がそれを称賛しないのであれば作り物ではないと許容できます。

鏡を「見ない」側

  • 19世紀のロマン主義への嫌悪感は、キャリバンが自分の顔を鏡で見ないことへの怒りです。

  • 芸術の道徳は不完全な媒体を完全に用いることで構成されます。

  • 真実さえ証明されてしまいます。

  • 芸術家の倫理的な共感は、許容しがたいマンネリ形式です。

  • 芸術家はすべてを表現できます。

  • 道徳論や感情は作者と登場人物の作為です。

  • 象徴を読み取ろうとする人も危険を冒します。

  • 作り物についての唯一の言い訳は、それを熱烈に称賛することです。

真相はネタバレになるので記事を分けました。


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