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サンパブロ通りの天使達

 フラメンコギターの沖仁の「サンパブロ通りの天使達」が好きだ。
 はじまりは甘く切なく哀しみを含んだメロディーで引き寄せる。サンパブロ通りを行きかう人々それぞれの人生を想像していると、やがてこの曲のサビが出てくる。サビは飛び切り元気でまぶしい。スペインならではの明るさだ。光と影、マイナーとメジャーの切り返しと、フラメンコの優しくも激しいリズムに心をあちこち揺さぶられる。途中のバンドネオンも異世界へ連れていかれる感じで、ドキドキしながら入っていく。
 やや長い楽曲だが、終わりに近づいてくるところで、一度だけサビのマイナー調がするりと滑り込んで、再びサビと歓声が上がる。そのわずかな滑り込みで、私は完全にやられてしまった。
 
 日本人である沖仁が、これほどまでにスペインの世界を、さらにはジプシーの魂の叫びであるフラメンコを表現しうるとは・・・。歴史は変えられないし、血も変えられない。そこにしみ込んだもの、根付いたものはその土地のものである。それなのに、自分の世界としてフラメンコギターでここまで表現できる日本人がいるということは、やっぱり人類は共通の感受性を持っていて、一人一人は今の立ち位置から渾身の思いで表現することで、歴史や人種を飛び越えて共感できるということなのかもしれない。

 だから音楽や芸術は世界中の人々の心を動かし、人類普遍の幸福をもたらすカギになるのだろう。それがごく限られた地域の伝統芸能であってもだ。震災や水害、疫病を乗り越える時、そして争いごとを収める時、必ずなくてはならないのが、こういった能力を持つ人たちと、それを受け止める大衆の心だ。
 人は、どんなに状況になっても芸術を楽しみたいのだ。