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J-WAVEに行きたいだけなのです②

マクドナルドにすら辿り着けないのか。

六本木ヒルズで肺がガラス張りになる寸前に見つけた、
「マクドナルドまであと50m」の看板。
それは鼻先が触れる距離でサンボマスターに応援されたくらい勇気でるものでした。

ところが、50m、100mと歩けど一向にマクドナルドにたどり着けません。サンボマスターに騙されたのでしょうか。いいえ、最初からサンボマスターなんていません。あるのは空腹と、低血糖による苛立ちだけです。
ただ、その温もり(主にポテト)に用がある僕は、画家のエッシャーの落書きをそのまま設計図に採用したような、ヒルズ周り特有の小癪回廊を彷徨い続けました。財布には帰りの電車賃と、近所のスーパーで魚が安く買えた記念に残しておいたレシートしか入っておりませんでした。

空腹は加速します。苛立ちも募ります。
もはや帰りの電車賃を放棄してでも、ポテトLを貪り食べたい一心でございました。しかし、それらしき飲食店が見えてくるどころか、賑々しく富裕層の子供らが遊ぶ空中庭園のようなところに出てしまうのです。
公園の遊具もやはりヒルズ仕様でした。バネで揺れる動物のアレだってボルゾイです。僕らが親しんだコアラとかパンダといった「出来る限り単価の高い動物を詰め込もうぜ」という所得倍増時代の気負いをそのままトレースしたものとはわけが違います。
そこから先にはもうヒルズの外であり、高級住宅街が広がっておりました。こんなところにマクドナルドなどあるはずがありません。ようやく一軒、ハンバーガーショップを見つけたと思えば、ほらみたことかバーガーキングではないですか。キングです。そりゃ高いです。バーガー1個の値段で熱海まで行けます。(熱海の隣駅からなら)

踵を返し、騒ぐ胃袋をなだめ、ボルゾイに乗り、揺れ、ヒルズの玄関に戻れば「インフォメーションセンター」があるではありませんか。
海外からの観光客に混じり、息も絶え絶え、カタコトで「マクドナルド、どこ、あります」と受付のご婦人に尋ねれば「はい、あちらの案内通りでございます」と例の「マクドナルドまであと50m」の看板を指差しやがります。無限階段です。彼女もまたエッシャーのだまし絵の一部でした。
低血糖ゆえ、業腹きわまり、自分の歯をぜんぶ抜いて眉間に突き刺してやろうかとも思いましたが「ポテトにありつけた際、歯は残っていた方が便利!」と思い直し、平和的解決をはかるためにも、「きょとん」とし、念のため声でも「きょとん」と発したところ、「まずあの看板の裏手に回っていただきまして」とようやくエッシャーからの抜け道を教えていただけた次第です。

こんなの、パビリオンじゃないか。

マクドナルドは私の知っているマクドナルドではありませんでした。
白を基調にした店内は又してもガラス張り。あらゆる人種の方々がアイスコーヒーを卓上に起き、MacBookを開き渋面で何か考え込んでいたり、和気藹々と談笑したりしているのです。すべての娯楽が「広告なしで見放題!」であるに違いない人たちばかり犇いています。
なんというか、こんなの「パビリオン」じゃありませんか。
パビリオンの正確な意味こそ知りませんが、万博にも程があるのです。
僕の知っているマクドナルドは、福祉の埒外にいるおじさんたちが雨風をしのぐためにこっそり「鬼殺し」を持ち込み夜が白むのを待つ場所でありました。「お前のマクドナルド観が酷すぎる」という意見は一旦無視しますが、とにかく西武新宿沿線で培った常識はここではあまりにも無力でした。

店内に充満していたブルジョアの瘴気に当てられ、あれほど欲していたポテトも頼まず、気づけばアイスコーヒーを片手に、MacBook Proを開いていたのです。パビリオンの雰囲気に迎合した結果です。空腹のあまり渋面になっていました。そうです。最初に見かけた人と同じです。そういうシステムだったのです。六本木という街は人種や貧富の差など関係なく人々を六本木然とするように取り込んでしまう、恐ろしいところだった…

みたいな話を次回作で書こう、とは一切思わず、ワードファイルももちろん開かず、貧乏ゆすりのリズムに任せてヤフートピックスを普段は開かない「地域」に至るまでクリックし続けたのです。

「次回作」、それにしても実に甘美な響きです。
この時は「『ずっと喪』の次は長編で行こう」と当時の担当さんと軽く話した程度で、具体的なプロットについてはまだ煮詰めている最中でした。それゆえ六本木に取り込まれそうになりつつも、まだどこかでデビュー間もない小説家という贅沢な自覚が自我を支えてくれておりました。

さて、「青森県でにんにくコーラが話題!」であることを知ったところで時計を見ると間も無く15時。
いよいよおしゃれ比叡山ことJーWAVEに赴く時間です。
着ていたジャージの裾にこびりついていた米を剥がし、一瞬迷うも、パビリオンの空気に従い、その場を後にしました。ボルゾイの遊具は嘘です。




いつもいつも本当にありがとうございます。