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このあたり白くて凹んでるでしょ?

 日課、ランニングである。
 酒を辞めて以来、その時間を走ることに費やしてきたのだ。
 毎日、川沿いを6㎞、ひた走る。

 私がGoogleと関係ないばかりに江戸川区のストリートビューに貢献できていないことが悔やまれる。それくらい走ってきた。区議会がうっかり「あんだけ走ってんなら、いっちょ免税してやるか」となってもおかしくない。それくらい、走ってきた。「ドラクエウォーク」の勇者は、私が知らないうちに聞いたことない呪文を覚え、勝手に魔物を砕いている。とにかく私に何か自負があるとすれば、「走ってきた」という事実のみだ。ランニングに囚われた模範囚である。

 そして2023年末、困ったことになった。
 葛西臨海公園の雑木林をかいくぐりながら、巨大な観覧車を仰ぎながら、動画配信者のカメラに見切れるだけ見切りながら、走り続けた。もしこの公園で事件が発生すれば、全ての現場に私の足跡が残されている。事件よ、起きないでくれ。

 事件の代わりに、どうにも右足の付け根が急に痛み出した。
 無論、毎日走っていれば、オーバーワークでどこかしらに不備が生じるものである。30年以上、使い古した肉体であるからに、案外どこが痛むかの身体イメージはわかる。そこが「筋肉」なのか「腱」なのか。湿布のCMのように患部が赤く光るように見える。

 今回ばかりは、違う。赤く光るのはもっと奥。
 右足の付け根を支える骨、股関節だ。痛みで歩けなくなる。少しでも開脚しようものなら、レールが軋む金属音に似た痛みが体をつんざく。

 私は内股である。普通に歩くと一方の爪先が、もう片方のふくらはぎをつつくくらいに足先が内に向いている。椅子に腰掛ければ両足は「ラウンジ嬢が自撮りを加工するあまり歪んでしまった背景の柱」のようになる。なるほど平素よりランニングの際は内股にならぬよう意識したフォームをとっていたが、それが負担になり炎症を起こしたのだろう。

 「そうですよね、先生?」
 「いや、このあたり白くて凹んでるでしょ?ちょっと心配なんだよなあ」

球体部分が凹んでいる。X線でごまかされているが、そういえば局部写真である。

 翌日。すでに私は最寄りの整形外科でレントゲンを撮り終えていた。
外科医は貼り出された愚骨写真の、大腿骨の先端、球体部分を指差しながら「ほら、ちょっと白くなってるでしょう。これね、壊死してるかもしれないんだよね」。

 とんでもないことを言うではないか。人の骨を捕まえて「壊死している」とは何事か。まったくもってけしからん。まったくもって、本当でしょうか。どうすれば良いのですか。こっちは「ちょっと炎症起こしてますね。痛み止め出しておきます」という展開しか予想していなかったのです。先生。

「ただね、まだ可能性の話だから。うちはMRIできないので、別の病院行ってきて」。

 まだ状況を処理できぬまま、次のクエストが発生している。
曖昧に頷き、足を引きずりながら指定された病院のある日本橋へ向かう。

 スマホ画面のなか、「ドラクエウォーク」の勇者は何食わぬ顔でてくてくと歩く。お前、分身のくせに、平然と歩きやがって。羨ましい。お前の足が、羨ましい。


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洛田二十日(らくだはつか)
いつもいつも本当にありがとうございます。