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反省のインフレ【AI短編創作】

反省のインフレ

 僕たちの職場は、田中課長の自己肯定感の高さに振り回されていた。彼は自分の実力を過信し、まるで自分がこの部署を支えているかのように振る舞っていた。しかし、実際には彼のミスが目立ち、僕たち部下がその後始末に追われる日々だった。

 田中課長は常に自分の「功績」を自慢していた。「俺がこのプロジェクトを成功させたおかげで、会社は大きな利益を上げたんだ」といった具合だ。どんな小さな成果でも、彼はそれを誇大に語り、まるで自分だけが会社にとって不可欠な存在であるかのように話す。さらに、他人を卑下する発言も日常茶飯事だった。「あいつはまだまだだな。俺が直接指導してやらないと、仕事のレベルが上がらない」といった具合に、部下を見下すことで自分の優位性を保とうとしていた。

 しかし、実態はまったく異なっていた。課長が自慢するプロジェクトの多くは、実は僕たち部下が裏で必死にサポートした結果だった。彼の判断ミスや準備不足で起こるトラブルを、僕たちはその都度カバーしていた。報告書の数字が間違っていたり、重要な会議のスケジュールを忘れていたりすることもしょっちゅうで、彼が失敗するたびにその尻拭いをするのは僕たちだった。だが、彼は決して自分のミスを認めることはなく、それどころか「自分のおかげでこの程度で済んだ」とさえ言い張る始末だった。

 そんな状況が続く中、僕たちは心身ともに疲弊していた。田中課長の「自分は正しい」という思い込みを打ち砕こうと、これまで何度も説得を試みたが、すべて無駄に終わった。彼は自分が間違っているとは夢にも思わないのだ。論理的な指摘も、冷静な話し合いも、彼にとっては「自分を嫉妬している」か「無能な部下の愚痴」にしか映らないらしかった。

 そんな中、新人の佐藤が現状打破のアイデアを提案した。彼は「課長が自らのミスを認め、反省するように仕向ける方法がある」と自信満々に言うのだ。それは「他の社員が自分のミスを認め、反省する姿をみんなで褒め称える」というものだった。負けず嫌いな田中課長が、他人が称賛されるのを黙って見ているわけがないだろう、という理屈だった。
僕たちは半信半疑だったが、これまでのどの方法もうまくいっていない以上、試してみる価値はあると判断した。

 作戦は次の日から始まった。僕たちは意図的に些細なミスを認め、それを積極的に褒め合うことにした。たとえば、「おっと、今のミスは僕の責任だ。次は気をつけます」という発言に対して、「素晴らしい! 反省できるなんて、本当に成長しているね!」と褒めるのだ。課長は最初、それを冷ややかな目で見ていたが、次第に焦りを感じているように見えた。

 そして、その時がやってきた。会議中、課長が思いがけない一言を口にした。「実は、この前の報告書の数字が少し間違っていたんだが、それは俺の確認不足だったかもしれない。」僕たちは驚きで目を見合わせた。田中課長が自分のミスを認めるなんて!作戦は見事に成功したのだ。

 「さすが課長!」と僕たちは彼を全力で称賛した。「自分のミスを認めるなんて、やっぱり本物のリーダーです!」田中課長は明らかに誇らしげで、まるで勝利を手に入れたかのようにふんぞり返っていた。そして、僕たちは少しずつ彼がこれからも自らのミスを認め、反省するようになると期待した。

 数日後、さらに驚くべきことが起こった。田中課長はまたもや会議中に、自分の過去のミスを認めて反省を口にしたのだ。「この前の取引先との対応も、もう少し配慮すべきだったかな」と。僕たちはその様子に、少し安堵していた。これで職場も少しは改善されるかもしれない、と。

 だが、その後、事態は急変した。田中課長は突然、わざとミスをし始めたのだ。最初は気のせいかと思ったが、会議で話している内容に間違いが多すぎる。「おっと、またミスをしてしまったな。でも大丈夫だ、すぐに反省して次に生かせばいいんだからな!」と、彼は自信満々に自分を褒めるよう求めた。僕たちが「さすが課長、反省もできるんですね」と反応すると、彼はますます調子に乗った。

 それからというもの、課長は日常業務で次々とミスを連発し、そのたびに自ら反省する姿を見せるようになった。報告書のデータ入力ミス、取引先への連絡漏れ、会議でのスケジュールミス……大きなミスから小さなミスまで、すべて意図的に引き起こしていることが明白だった。彼はそれを「反省することで成長する」と本気で信じているようだった。

 僕たち部下は次第にその異常さに気づき始めたが、すでに手遅れだった。反省することが素晴らしいと信じた課長は、ミスをわざと起こすことで称賛を得ようとしていたのだ。そして、僕たちもそのたびに褒めざるを得ない状況に追い込まれた。彼がミスをしないように注意を促そうものなら、「なんだ、反省することの何が悪いんだ?」と返され、結局いつも通り彼のペースに巻き込まれてしまうのだ。

 「もうダメだ……」と、僕たちは悟った。確かに課長は自分のミスを認め、反省するようになったが、その結果、僕たちの仕事は以前よりもさらに増えてしまった。課長がわざとミスをするたびに、その後始末をするのは僕たちだ。反省を促したはずが、今では課長が次々に反省するために意図的にミスを作り出している。

 結果として、僕たちの負担は倍増し、職場はさらに混乱を極めた。誰もが心の中でこうつぶやいていた。
「やっぱり、この人には敵わない……」

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