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1/17 元製薬企業研究者による再生医療講座~②そもそも細胞培養とはなんぞや?~

みなさま、新年あけましておめでとうございます!
年末年始は更新が止まってしまっていましたが、見事にビュー数が減少してしまいました 笑 
何事も継続が一番ということですね。これからはさぼらずにガンガンNoteを書いていきたいと思います。

さて今回は再生医療シリーズ第二段となりますが、再生医療とは何かを詳細に理解する上で、重要な基礎知識として細胞培養実験が重要です。

理系の学生であれば、ほとんどの方が細胞培養を経験していると思いますが、そのほかの方は全くイメージがつかないと思いますので、かみ砕いてご説明していきたいと思います。

細胞培養とは?

細胞培養とは、私たちの体を構成する細胞を、生きたまま体外で維持し、増やし続けることを言います(英語ではCell cultureと呼びます。)。

細胞とは、1665年にイギリスのフックがコルクを顕微鏡で拡大観察して、みつけた小部屋のような区画をcellと呼んだことに始まり、生物を構成する最小単位を意味するようになりました。

つまり、私たちの身体は、脳、胃、腸、等の臓器によって機能を担保されており、臓器は、特定の細胞種に構成される構造物である組織で形作られており、組織を単一の単位まで分解したものが細胞です。

私たちの体は、全部で60兆個の細胞でできているといわれています。そして、細胞はそれぞれ存在する場所、形や機能によってカテゴライズされており、約270種類程度あるといわれています。

再生医療では、実際の治療に使用する細胞を、目的に応じて採取し、治療効果が得られる範囲まで、細胞の数を増やし・加工して移植するプロセスをたどります。このような場合の多くでは、患者さんや健康な人から直接目的の細胞を採取(綿棒で粘膜をこすったり、手術で採ってきたり)して使用しますが、もし幹細胞から目的細胞を作り出す(分化誘導:シリーズ①参照)場合は、液体窒素等で凍結保存された幹細胞を用います。

さて、培養とは何なのかというと、上でも述べた通りに、細胞を生きたまま対外で維持し、増やし続けるための方法のことです。

人の体から採取してきた目的細胞を、クリーンベンチと呼ばれるガラスで囲われた超清潔な作業台の上で、細胞が接着できるように特殊な荷電やコーティングをした細胞培養皿(ディッシュ又はシャーレといいます)の上に移し、その細胞が生きていくために必要とする栄養素を調整された 細胞培養の為の ”培地” をディッシュに満たし、細胞が好む温度(ほとんどの細胞が37℃ですが、一部異なる温度を好みます)・空気(CO2やO2のガス濃度を調整します)環境に調整されたインキュベーターと呼ばれる培養器において、長期間生きたまま維持します。

維持するだけでなくて、細胞が心地よい培地、温度、空気の条件が満たされていれば、細胞はどんどん増殖していきます。多くの細胞では2倍になるために30-40時間程かかりますが、幹細胞の場合はスピードが速くてその半分くらいで2倍になります。

細胞が増殖して培養ディッシュいっぱいまで満たされたら、接触阻害と呼ばれる現象が起きて、細胞がぎちぎちになると増殖し無くなってしまします。その為、細胞がいっぱいになりきる直前に、新しい培養ディッシュへ移して、どんどん増やしていきます。増やすときや維持しているときに、培地や細胞を操作するスポイトのような特殊な器具を、ピペットマンと呼びます。

この古い培養ディッシュから新しい培養ディッシュへ植え替える作業を、"継代培養" と呼びますが、通常の体細胞では10継代くらいで増殖能力の限界が来てしまいますが、iPS細胞やES細胞と呼ばれる多能性幹細胞は、ほぼ無限に継代し続けることができます。そのほかの幹細胞は、これらの中間くらいです。

このように増殖面の効率性からみても、iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞が、再生医療に適しているといえます。

長々と書いてきましたが、細胞培養とは、「採取してきた細胞を生きたまま体外で維持し、増殖させる」事のことを言い、増やすことで基礎研究や再生医療の移植用に用いる前段階として位置づけられます。

細胞を使った実験ってどのくらい大変なの?

既に説明したとおりに、細胞を採取して、それを培養ディッシュに移して、増やし続けるだけなので、一つ一つの作業自体はそこまで大変ではありません。大体1枚の培養ディッシュに対して、それぞれの過程で15~30分ずつくらいかかるだけです。

しかし、実験や再生医療に必要な細胞の量は莫大です。しかも、大体一人の研究者/作業者で複数の種類の細胞を扱っています。また維持し、増やし続けるために作業が長期化する事となります。

加えて、各研究員/作業員は、特殊な技術と知識を必要とするために、いわゆる高度専門人材をあてがう必要があります。

したがって、細胞培養には多大な人件費と備品・消耗品等の費用が掛かってくることとなります。人件費は、各研究所や企業で違うので何とも言えないのですが、一般的には、(専門知識を習得するために大学院等へ進学したか方が多い為)日本国民の平均収入よりは多いお給料をもらっている方が多いのではないかと思います。

一方で、細胞培養に使用する備品・消耗品の費用も高額です。例えば細胞培養培地であれば、500mLで数千円~数万円もしますし、クリーンベンチは数百万円、細胞の品質を評価するための特殊な機器は数千~億円単位のものもざらです。

このような原材料費が、最終的目的である再生医療にかかってきますので、再生医療等製品は、一回の治療当たり数百万円を複数回継続的に行う必要があるほどに、非常に高額な価格付けにならざるを得ないのです。

そんなに大変だったら、効率化したら良いじゃない

このように多大な工数のかかる細胞培養を、効率化してコストを低減させていこうという試みが多くされています。

最近のトレンドとしては、ロボティクス、AI、連続生産、等が挙げられますが、ことはそう簡単ではありません。

万一のミスは許されませんし、細胞はこまごまとした環境変化によって日々その状態を変えているので、変化した状態に合わせて微妙に培地や培養の手技を柔軟に変えていく必要があったりします。

前者の機械精度に関しては、ぼくが現場で現役の製薬研究者だった数年前は、土日をロボットに細胞培養を任せておいて、月曜日に出社したら細胞培養ディッシュがひっくりかえって機械がエラーを吐き続けている、なんてことが良くありました。しかし、細胞培養自動化に関するチャレンジの蓄積やロボットの精度向上によって、今ではかなり実用化段階になってきているという話を聞いています。

後者の、細々な手技の調整を要する職人技的(と思い込んでいる)作業の性質は、(特にベテランの)研究者の間ではよく聞かれることです。しかし、そもそも日々の細胞の状態変化自体が、人間の手技のブレが影響している事は想像に難いため、自動化・標準化によって一定解決され得る問題ではないかと思いますし、最近では機械学習・深層学習を得意とするAIをロボティクスと組み合わせることで、これまで経験的に実践していた暗黙知的な細胞培養の手技をロボットに習得させることが可能になりつつあります。

ただ、細胞の性質自体がまだ完全に科学的に解明されていない部分も残っているために、細胞培養の工程すべてを自動化する事は難しいと思います。現在、一部のベンチャー企業や製薬企業では自動化に向けた取り組みが行われていますが、どれだけ技術が進歩しても科学側での細胞性状に関する解明が完了しない限り、完全自動化ではなく ”省人化” に留まると予想しています。

コスト低減の観点では、製造工程の効率化以外に、「規模の経済性」も重要になってきます。規模の経済性とは、オーダーメイドのような少量生産よりも、工場で決まりきった工程にのっとって大量に作った製品を大量に売ることで、一製品あたりのコストは低減していく、という法則です。

これを考慮すれば、現在の市場では再生医療そのものが普及しておらず、限定された流通しかありません。これは、再生医療の概念が比較的最近できてきたこと、さらに技術的に医療提供可能なレベルまで開発する事が技術的に高度であり、かつ時間がかかる為ですが、市場での流通量が少ない為に製造原価が高くなり、それに従い薬価が高くならざるを得ません。

しかし、今後研究開発の進行と市場における需要度(知名度)の向上が進めば、どんどん再生医療製品のラインナップが増えて、かつ一製品あたりの流通量が増加するので、規模の経済性により再生医療の治療を受けるために必要な医療費は、必然的に圧縮されていくだろうと思われます。

そして、医療コストが低減すれば、さらに再生医療を受けられる人が増え、製品の研究開発に要した費用が還元されることで、後続の新製品の研究開発も進んでいく好循環により、将来の再生医療の市場が成立していくと考えます。

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さて今回は再生医療の理解をするために、基本的な概念となる細胞培養についてかみ砕いて説明してきました。すでに詳細をご存じの方もいらっしゃったかもしれませんが、参考になれば幸いです。間違いやご意見等ありましたら、どしどしお寄せください。

こちらの内容はPodcastでも発信しています。次回は1/17 月曜日公開予定です!
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