見出し画像

【ジェンダー】考えることを放棄していた

新学期、授業スタート初日。空きコマに書いてみる。

大学生になってから、ジェンダーやセクシュアリティの問題についてずっと考えてきた。一分、一秒の時間もそれが頭の中からなくなることはなくて、答えの出ない問い、心配を一人で静かに抱えてきた。

でも、ツイッターで幾度となく見かけるヘイトスピーチ、誤った解釈、それに押し寄せる何万件ものいいねとリツイート、同感するコメントが垂れ流されて、政府からの心無い発言も重なり、昨年の冬あたりからもうどうにもならないんじゃないかと思ってきていた。心身ともに疲弊がマックスになって、僕は一度シャットダウンすることに決めた。

僕は友達が多い方ではなくて、飲み会に誘われても滅多に行くことはない。楽しいかどうかわからない場所で、笑顔を撒き散らしたり、誰がタイプかなんてことを話すのは無駄だ。それならひとり、家で本を読んだり映画を観ている方がずっと価値がある。

だから、特に誰かの発言に傷ついたり、自分の性別を断定されることに怯えることもなく、日々過ごせていた。

自分の生活からジェンダーというトピックをなくすことで、毎日とても生きやすくなった。楽に過ごせる。それに慣れてくると、たまに会った友達に僕の性別に関わることを言われても、特に気にすることなく流せるようになった。女の子と言われれば、女の子ということで話をすることができた。深く考えずに。

LGBTQ+サポートガイドももう完成したらしい。もう、これについては最初から携わっていなかったというくらいの気持ちでいようと思っている。もう君たちには何も期待しないよ。入る大学を僕が間違えたんだ。僕は僕の活動、勉強を頑張るよ。そう思って、ツイッターアカウントの金沢大学SELFの名前を、勝手にSELFに改めた。

(SELFは僕の所属する、性の多様性について考える学生団体。)

そうして少し穏やかになってきた今日この頃、久しぶりにSELFでミーティングできたのもあって、また少し考える余力が出てきた。春休みの間、ジェンダーやセクシュアリティのトピックについてほとんど考えず、読書や映画鑑賞に徹したのがよかったのだと思う。あとは、短歌にもハマった。ちょっと自分で詠ってみたりしている。このトピック以外にも、ちゃんと僕は僕らしさを持ってる。

まあぼちぼち、やっていくか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?