「狭い」倫理観による惨劇

今回はいつもより真面目な話をします。

これはホモサビエンスの23万年間、
いつも最旬の話題です。


ある人から
「日本という国は倫理観が低い」
と聞いたことがあります。

犯罪率が低く、
富士山の公衆トイレまで綺麗な日本が、
倫理観が低いと言われたら怒りますよね。
この時点で本記事を閉じたい気持ちは分かります。

実際、本熊の考え方は少し違います。
倫理観が「低い」のではなく、「狭い」です。

この社会のありとあらゆる所で「イジメ」が起きています。
この国のイジメの成功率は他の国よりやや高いと思います。


「コスパの良い」イジメの手順は下記の通りです。
① 自分以外の4人を探す。

② 5人で「噂」をばら撒く。

③ 5人が同じことを言えば、一部の人は信じる。
  そして信じた人がさらに「噂」をばら撒いていく。
  数日以内に当事者との利害関係者全員の耳に入れる。

④「噂」を聞いた人が信じなくても、
  聞いた「噂」をまた誰かに言ってくれればよい。
  母体数を増やすのがマーケティングとして最重要。

⑤ 同じことを言う人が多ければ多いほど、
 「噂」は常識化し、信憑性は上がっていく。

 本来信じていない人々も、
 同じ話を他人から何回も聞いただけで信じてしまう。
 ※自分が伝言ゲームの起点にも関わらず、
  戻ってきた伝言によって自己催眠が起きる。

⑥ 最終的に「噂」を信じない人も居るが、
 「喧嘩両成敗」の結論に必ず持ち込む洗脳教育のおかげで、
 「噂」をばら撒かれた人間に対して、
  人々は「非がある」に違いない、
  もしくは「きっと何かある」という謎の不安に戸惑われ、
  最終的に「噂の人」から離れてしまう。

⑦ 当然最初に「噂」をばら撒いた5人も、
  一部の人望を失う可能性はあるが、
  逆の方向で再度「噂」をばら撒けば信用は取り戻せる。

  例えば、自分たちは善良な人間という噂。
  基本、ネガティブな情報に人間は警戒するが、
  ポジティブに聞こえる情報に人間は油断する。
  要するに、
 「Aさんは変なやつ」という噂に対して、
  人々は疑うかもしれないが、
 「Aさんは良いやつ」という噂に対して、
 そもそも人々はそれが噂にすら気づかず受け入れる。


このように、
人を殺すためには、
自分と同じことを言う人を数人探せばよい。

もちろん、
インターネットの世界では、
数人に見えるように工作すればよい。

「喧嘩両成敗」という歪んだ和を守る常識のおかげで、
「正当防衛」との概念は法的には存在しているが、
法廷以外の場合では一切考慮されません

殴られた人も悪い、
殴られないように行動することを心掛けるべきだ。
学校の先生はよくこれを言いますよね?
もちろん先生ゆえに語彙力が高く、
様々な婉曲表現を使って取り繕います。

「悪」が「和の一部」なら、
 プーチンも生物兵器も和だ。

自分に危害が及ばなければ「和」だ。
「保身的」な和。


少し話を変えます。
先ほどの例で一番罪が深いのはどれでしょう。
・最初の五人組
・噂をさらにばら撒いた人
・噂を信じてしまった人
・噂を信じないが、離れた人

どちらでもないと思います。

一番罪深いのは、
先ほどの例に登場しなかった、
この仕組みを理解しているのに、
最初の五人組に媚びる人真のMVPです。

このタイプの人間は、
誰とでも友好関係を築ける。

誤解されないように補足ですが、
誰とでも友好関係を「築ける」人間に罪はなく、
誰とでも友好関係を「築こうとする」人間は罪深い。
前者は「結果」、後者は「動機」

・悪い人と親交が深まってしまった「事故った結果」
・悪い人と親交を深めようとする 「不純な動機」
この二つは違いますよね。

このタイプの人間は、
倫理観が狭く
自分自身の損得を中心に考えている。

問題が起きたら、
大きな問題なら小さくする、
小さな問題はなかったことにする。

例えば、
霞ヶ関の連中はこの典型です。

彼らにとって、
多数派の支持は全ての価値判断の基準のため、
多数派もしくは多数派に影響力のある人物と
仲良くなればよいと考えている。

「問題」は「問題なのか」も多数決です。
当選できなければ「問題」、
当選できれば「問題ではない」。


この国の倫理観は狭いです。

お気持ちだけで十分です。 お金は自分より立場の弱い人に使ってくださいね🐻