採譜 #こんな仕事です
お仕事図鑑企画に1ページ提供すべく、キャリアプランもへったくれもないむちゃくちゃな人生を振り返りながら紹介してみようと思う。まずはこちら。「採譜」。
採譜 というのは読んで字のごとく、譜面を採る仕事。具体的に言うと、市販されている音楽を聴いてそれを楽譜にする、という仕事のこと。僕はこの採譜という仕事を、21歳~23歳ぐらいまで、とある音楽出版社とアルバイト契約をしてやっていた。その後アルバイトをやめ、単発の仕事としてフリーで同じ仕事を請け負った。2000年前後に販売されたいくつかのバンドスコアで、採譜担当として奥付に名前(本名の方)が載っている。今も出版されているものがあるのかは未確認。
市販されている楽譜は当時(2000年前後なので今から四半世紀近く前)は、驚くほどアナログ(ともするとアナクロ)な方法で作られていた。
元の音は権利元(多くの場合レコード会社)から取り寄せる。条件が良い場合、市販されているものと実質全く同じ「サンプル盤」がもらえるのだが、多くの場合、元のCDからテキトーにコピーしたCD-R、または当時はMD(今や古のメディア)に録音されて届くこともあった。MP3がCD-Rにデータとして入っていてCDプレイヤーで再生できない、みたいな事態もあった。
このような状態で届いたものを、CDラジカセみたいな、どちらかというとあまりよろしくない再生環境で再生し、それをヘッドホンで聴きながら紙の五線紙にシャーペンで楽譜を書いていく。今のデジタル再生環境みたいなクリアな音ではないし、再生速度を変えることはもちろん、イコライザーさえなく、低音を強くするといったことすらできないような環境でこの作業を行っていた。
なお、音楽の世界には写譜ペンなるものが存在している。ちゃんとしたものは万年筆のニブが特殊な形状になっているものなのだが、これは雑に言えばカリグラフィーペンのことだ。ペン先が長方形になっていて、太さの均一でない線が描ける。これを使うと楽譜書きが大変捗るのだが、万年筆のようにインクで描くため、仕損じると修正が効かない。そのため僕らの現場ではほぼ全員がシャープペンシルで記譜していた。
ギターとかベースといったパートは普通の楽譜に加え、TAB譜と呼ばれる、どの弦のどこを押さえるかを指示する形式の楽譜も書かねばならず、これは音だけ採れる人ではできない(ギターやベースをある程度弾ける人でないと書けない)。また、管楽器は移調して書くものとそうでないものがあるし、弦楽器にも特殊奏法がある、打楽器は多岐に渡るなど、元楽曲の編成によっては一人ではカバーしきれないケースもある。
そこでそういう楽曲の場合、各楽器のスペシャリストを集め、このパートは誰、といった感じに分業することもあった。熱帯JAZZ楽団を採譜したときなどはかなりスペシャルなメンバーで取り組み、さらになんとメンバーの監修も入り、リズム隊を担当した僕はドラムの神保彰さんに「ここに入っている音はこの楽器だと思うが、どうやって叩いているのか」といった質問をしたりもした。
さて、そうやって採譜担当者(僕たち)が紙の五線紙に鉛筆書きで楽譜を書くわけだが、これをそのままは出版できない。市販されている楽譜のようにちゃんと成型する必要があるのだが、この作業のことを「浄書」と呼ぶ。浄書は専門にやっているフリーランスの方や会社なども存在し、鉛筆書きの原稿をそういうところへ出して、デジタルデータにして戻してもらうわけだ。戻ってきたものは版組の工程に進み、この先は普通の本と同じような流れになる。
僕らは浄書後の校正紙をチェックして赤入れをし、青焼きで最終チェックをして終了となる。出来上がったものはISBN コードを取得して書籍として出版される。書籍として出版されるけれど流通は楽器店が主体になる点が普通の書籍とは少々異なる。
僕はこの採譜の仕事を最初アルバイト契約で出版社に出社して行っていたのだが、その時は採譜だけをしているわけではなく、編集のアシスタントみたいなこともしていた。要するに便利屋であるが、例えば編集さんがピアノ出身の人で、ポップスのアーティストのインタビューを行う、といったときに、ギターやベースの機材の話が出たらわからないから、と僕が一緒についていったこともあった。
このときのアルバイトはもはやアルバイトの域を超えており、本来ならゴネて給料上げてもらう事案だったと思うけれど、金などどうでもいいぐらいに面白く、やらせてくれるならなんでもやった。そのため、アーティストによる教則記事の構成(実質そのコーナーのライター)などもやらせてもらった。
ミュージシャンの卵にとって、こうした仕事は音楽に関係した仕事で金ももらえるという、とても良い食い扶持なのであった。
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