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個性因果律 プロローグ

プロローグ

世界総人口の八割が何らかの特異体質である超人社会となった現在。生まれ持った超常的な力“個性”を悪用する犯罪者・敵〈ヴィラン〉が増加の一途をたどる中、同じく“個性”を持つ者たちが“ヒーロー”として敵〈ヴィラン〉や災害に立ち向かい、人々を救ける社会が確立されていた。

その夜、僕・緑谷出久は、夢を見た。

「違う。そんなつもりじゃないんだ。行かないでくれ。離れていかないでくれ」

この手は青く、両親に差し伸べても抱き締めてはもらえず、友人に差し伸べても離れられ、想い人に差し伸べても恐怖さえさせてしまう。

“個性”リフレクト。

あらゆるものを反射してしまう、常時発動型個性。

それは物質だけではなく、人の心をも跳ね返してしまうのか。

「誰か、誰か、私に触れてくれ……」

生まれてきてからずっと、こんな思いをしていたのか、フレクト・ターン。

理解しているつもりだった。いや、理解していた気になっていただけだ。

僕は彼に「お前は諦めたんだ」と言った。

僕の言ったことが間違いだったとは思わない。今また同じ状況下に置かれたとすれば、やはり僕は同じことを言うだろう。

しかし、僕は彼の嘆きの重みを感ぜられずにはいられなかった。

もし、僕が彼と同じ境遇を辿っていたとしたら、他の真っ当な道を歩めていただろうか。夢とはいえ、この心の痛みは本物の実感だ。

ごく普通の人生を生きることを許されず、自ら命を断つことも許されず、ただ目の前の絶望の光景を見ていることしかできない。何をしても、何もしなくてさえ、人を傷つけてしまう。永遠の加害者であり続けなくてはならない。罪悪感、辛苦、屈辱。これに耐えながら生きるのは、あるいはかつての僕よりもはるかに苦しいものだっただろう。

諦めるだとかそういう次元の話なのだろうか。

そして、彼は一つの思想に辿り着き、しがみついた。

《個性終末論》『“個性”は世代を経る毎に混ざり深化し、いずれコントロールできなくなる』か。

本当なのだろうか。もちろん根拠のない思想だということはわかっている。

だが、この苦しみが予測している未来に名を冠させるなら、ひどくぴったりな言葉だった。

そしてもし、これが本当だったら、どうなるだろうか。

人類は、世界は、地球は、どうなるだろうか。

そして、《終末》は、いつ訪れるのだろうか。《終末》とはいったいどのようなものなのだろうか。

これは、《個性終末論》が実演される、その名も《個性因果律》。そのきっかけの夢だった。


『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド・ヒーローズ・ミッション』その後の話を描いた同人作品です。

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