てんぐのノイエ銀英伝語り:第39話 雷鳴~“言葉”の重さと怖さ
今週の予告動画サムネイルのボルテックですが、初登場の頃は能吏って感じだったのに、なんか急に卑しい顔つきになっちゃったなあ。
これは、相手をナメて掛かってたからなのか、それとも実はガチガチに緊張していたからなのか。
そんなわけで、今週のノイエ銀英伝語りの時間ですが、テーマは「言葉の重さ」、あるいはそれを自覚しすぎるくらい自覚する生き方が沁みついた人と、それを知らない人、知らずに生きてこられた人、その対比の話でした。
姉への愛情の裏に潜むラインハルトの内なる欺瞞
全身の毛穴からロマンティシズムを溢れさせながら帰郷した「へぼ詩人」ことランズベルク伯と、そのお付きのシューマッハ大佐ですが、その狙いの本命が幼帝誘拐としても、アンネローゼに危害を加えられる可能性が絶無ではないということで、山荘への警備受け入れをヒルダを介してお願いするラインハルト。
毎度のことながら、大雨降ったら水没しそうとか昔のドラクエかFFあたりのマップにこんなのありそうとか見るたびに思んですよね、あの山荘。
そして、アンネローゼ様の誘拐の可能性を仄めかされただけで超サイヤ人(なお石黒版のラインハルトは、あのベジータの中の人たる堀川りょうでした)か破壊大帝ラインハルトロン化しかけるくらいブチキレてましたが、あれって何か過剰反応って感じがするんですよ。だってラインハルトって、内戦勃発の引金になったアンネローゼ襲撃未遂事件の実行犯だったフェルナーを拘束しながら、無傷で赦免してるんですよね。
誘拐の可能性を仄めかされただけで無痛覚人間じゃなかったことを後悔させるほどの残虐処刑を喚きだすくらいなら、未遂とはいえ実行はしてるフェルナーなんて最低でもキルヒアイスと二人で鉄拳による顔面整形手術を敢行しなきゃ嘘でしょ。
だからあの過剰反応は、姉への愛情から出た素の反応というより、「キルヒアイスが生きていたら、こういう反応になるはずだ!」という思い込み、言い換えれば内なる欺瞞から出てるもののようにも見えます。
原作の地の文だと、それを見たヒルダはラインハルトの少年のような感性を感じて「これがあればルドルフ大帝化しない」という安堵も抱くんですが、これじゃ逆方向で危なっかしい。
そして、そんな内なる欺瞞を抱く根源となったキルヒアイスを喪った原因のひとつが、あの「お前は俺のなんだ?」発言だったわけで、ラインハルトは自分の言葉の重さと恐ろしさを、恐ろしいほど強く体験してしまってるんですよね。
銀河で“言論の自由”を最も行使できない人、アンネローゼ
山荘を訪れたヒルダと会談するアンネローゼ様ですが、茫洋としてるというのとも半ば眠っているというのとも違う、全く本心を掴ませようとしない人の反応であるように見えました。これがフリードリヒ4世時代の後宮で暮らしていた寵姫グリューネワルト伯爵夫人のとして姿、自分が不用意になにか一言でも言えば、それで大勢の人間が死ぬということを知っている人の姿です。
アンネローゼ様が傷心の弟を切り捨てて山荘に引きこもったことについては、銀英クラスタからも批判の声は古くから出ております。
しかし、自分の感情から出たどんな一言でも、銀河帝国最大最強の権力と結びついたらどうなるか。
それはフリードリヒ4世が没し後宮を去った今でも変わらない、むしろ、自分を「最愛の人」と思い詰める弟が帝国の絶対支配者に成りおおせた今となっては、「かつてよりよほど自分は危険な存在になった」と考えていても不思議はありません。アンネローゼ様の山荘暮らしは、「キルヒアイス家のジーク」を死なせた共犯者である自分自身に対する禁固刑であると同時に、銀河系で真に危険な存在である自分自身を封印するためでもあり、それゆえに彼女は「銀河系で“言論の自由”を最も行使できない人」でもあるわけです。
一方でヒルダは、平民が言論統制の中で発言が規制されているというものとは異なる「人の口をふさぐ圧力」というものの存在には、おそらく考えは至っていないでしょう。なので、最初の会話はまったく噛み合わないものになっていました。
でも、彼女が「今のラインハルトの傍にいる一個人」として話をし始めた辺りから、アンネローゼ様の雰囲気が変わってきました。
もしかしたら、そのやり取りの中で、「自分以外のラインハルトにとっての最愛の人」となれる可能性をヒルダに見出した、だから山荘の警備を受け入れるという形で弟の世界との間に対して歩み寄りを示せたのではないでしょうか。
この回だけを見てると、アンネローゼ様は年齢や美貌とは裏腹に世を捨てた老婆のような雰囲気になってしまってましたが、本伝最終盤においてはラインハルトの姉たる人に相応しい戦士の魂を発揮します。どのくらいの魂かって、例えば、このトールハンマーの女神くらいの。
コミック「ゴッデス・オブ・サンダー」もオススメですぞー。
弁務官ボルテックの銀英世界外交史に特筆すべき大チョンボ
アンネローゼ様が徹底的に言葉を選び続けた姿を見せたのに対し、恐ろしいくらいに言葉を選ばないせいで、フェザーンを一気に滅亡の淵に追い込んでしまったのが弁務官ボルテック。
まず初手で陰謀の全容を自分からペラペラ喋ってる上に、「閣下の覇業を全力で助けさせていただきます」なんて言質与えたもんだから帝国軍によるフェザーン回廊通行権、つまりはフェザーン進駐なんて要求を突きつけられる羽目になってました。
でも、これなんてまだ有情、フェザーンの存在自体には配慮してる方です。
何なら、あの会談をうやむやに流してボルテックをお引き取りいただいた後で、ケスラー憲兵総監にランズベルク伯とシューマッハの身柄を速攻で確保させ、その直後に「ボルテック弁務官は賊軍残党と共謀して事もあろうに皇帝陛下を誘拐し奉ろうとした。よってフェザーン自治領主府に対する懲罰を行う!」と宣言して侵攻しても良いんです。
あるいはその可能性を銀河全体に宣言して逆に「友好国フェザーンを帝国の不当な圧力から守る」という口実で同盟軍による進駐を誘発させて、これを撃退するという口実で軍をフェザーン回廊に派遣させても良し。
もちろん、ラインハルト自身が仄めかしたように「帝国と同盟を共倒れさせよう長年目論んだ拝金主義者フェザーンを打倒しよう!」とイゼルローン経由で同盟に対してフェザーン制圧共同出兵を提案しても良いわけです。同盟政府にしてみれば積もり積もった国債踏み倒しの絶好の機会ですし、ついでにいえば例の200万人の釈放捕虜の中に、救国軍事会議系とは別種の、より直接的なラインハルトシンパがいないとも限らないですし、だとすればボルテックの言いぐさではありませんが世論誘導はどうとでもなります。
どのような可能性を考慮しても、その引き金になったのは間違いなくボルテックの「外交官やめろ、お前」レベルの大チョンボに他なりません。旧門閥貴族勢力や同盟トリューニヒト政権のことを散々小馬鹿にしてたフェザーン自治領主府関係者ですが、実はこっちも似たようなレベルじゃないか! とてんぐも呆れております。
つくづく思うのですが、人のことを馬鹿だ馬鹿だと言ってる者ほど、実は本人が一番の大馬鹿だったということなのかもしれません。
先週「平和とは無能が悪徳とされない幸福な時代だ」と仰せになったラインハルトくん、君も気を付けなさいね?