見出し画像

講談社児童文学新人賞・3年分の選評の補足のようなもの

講談社児童文学新人賞の選考委員を務めるようになって3年が経ちました。
今年も「王様のキャリー」という全力で推したい作品と出会い、その作品に賞を贈れたことを、心からうれしく思っています。
こちらのサイトに選評も掲載されていますので、ご興味がありましたらお読みください。

その選評について、前々から心苦しく思っていたことがありました。
私は15年前に講談社児童文学新人賞の佳作をもらった「サナギのしあわせ」の応募原稿を書いたとき、過去の選評をおおいに参考にしました。オンラインに残っている過去の選評をすべて熟読して、最終候補作のどういうところが評価されたのか、そして評価されなかったのかを心に留めながら作品のアイデアを検討したのです。そのころは選考委員が5人いて、ひとりひとりの選評もだいぶ詳しかった記憶があります。

ところが現在公開されている選評は、文字数の指定が400字程度となっているため、どうしても詳しい評価の理由まで書くことができません。
去年も一昨年も、選評の補足的な記事を書こうかと考えながら、忙しさにかまけて見送ってきたのですが、選考委員の任期も半分が過ぎましたので、これを機に3年分の選評の補足のようなものを書くことにいたしました。

この記事でご紹介するのは、主に最終選考で落選した作品について、気になった点や評価できなかった点です(どの作品に対してそう感じたのかは、あえて明示しないことにしました)。
といっても、書いてあるのは「小説の書きかた」的な本ならどれでも載っているような、あたりまえのことばかりです。また、あくまで私が感じたことにすぎませんので、いっしょに選考委員をしている安東先生や村上先生は気にされないかもしれません。もちろん、ここに載っていることに気を配って応募原稿を書いたからといって、賞を獲れるというわけでもありません。

ただ、過去の自分が参考にした情報に、現在の応募者の皆さんがアクセスできないというのは不公平というか、なんとなく申し訳ない気持ちがあって、この記事を書くことにした次第です。
多分に自己満足的な意図で書かれた記事ですが、これから次回の講談社児童文学新人賞の応募原稿に取り掛かろうとしている皆さんの助けになったらうれしいです。

それでは以下、3年分の最終候補作について、こういうところが気になった、評価できなかったというポイントです。

■必要なことをきちんと調べていない
例えばLGBTQがテーマの物語なのに、LGBTQについてじゅうぶんに調べていなくて、誤ったことを書いていたり、理解が乏しかったりしたら、その作品を高く評価することはできません。そもそもそんな不誠実な態度で書かれた物語が、魅力的なものになるわけはないんですけどね。
テーマにかぎらず、知らないことについてはしっかり調べて理解を深めてから作品の執筆に取り掛かりましょう。

■主人公がクライマックスに活躍しない
例えば主人公がいつもどおりの生活をしているあいだに、悪の組織にとらわれていたヒロインはほかのだれかに救出されて、主人公は無事に帰ってきたヒロインと感動の再会をしてめでたしめでたし。長い物語の最後がそんな展開だったら、拍子ぬけしてしまいますよね。
クライマックスの困難を解決するのは絶対に主人公でなくてはいけない、というわけではありませんが、なんらかの形で主人公の行動が関与していたり、事件を通じて主人公が新たな発見をしたり気持ちが変化したりしないと、物語を盛りあげるのは難しいのではないでしょうか。

■100年前の作品みたい
100年前の外国が舞台で、キャラの造形も100年前の作品のようで、展開もオーソドックスで意外性に欠ける。そういった作品で新人賞を狙うのは相当困難です。
自分が子どものころに愛読した古典的な名作児童文学のような作品を書きたい、という思いは否定しませんが、応募作のアイデアを練るときには、自分の書こうとしている物語を現代の子どもたちがたのしんでくれるかどうか、ということもある程度は考慮したほうがいいでしょう。

■説明不足で伝えたいことが伝わらない
どうしてここでこのキャラにこんなことをいわせるんだろう。どうしてこんな描写をはさんだんだろう。なにか理由がありそうなんだけど…。
最終候補作の原稿を読んでいると、そんなふうに首を傾げることがよくあります。何度も精読して全力で分析すれば、なんとなく意図が推測できたりもしますが、そんな読みかたをするのは選考委員くらいで、一般的な読者はただ首を傾げるだけです。
せっかく特別な意図をこめて書いても、伝えたいことが読者に伝わらなくては意味がありません。なんでもかんでも説明すればいいというわけではありませんが、自分が伝えたいことがちゃんと伝わるかどうか、わかりづらくなってはいないか、推敲の段階でしっかり確認することをおすすめします。

■起承転結の「転」で終わってしまう
例えば、勉強にしか興味がないと思っていた同級生の優等生の少年が、休日にこっそり女子のようにキュートな服装で街をあるいているのを目撃して驚いた。
そんなふうに物語が進んだなら、そのあとの展開がメインになるはずなのに、「目撃して驚いた」で物語が終わってしまったらもったいないですよね。読者もぽかんとしてしまいます。
起承転結でも三幕構成でも構わないので、物語の構成をしっかり検討して、いちばんおいしいところを書き逃さないようにしましょう。

■連作短編形式で各話の色が一貫していない
1話目はハチャメチャなギャグで、2話目はギャグがほとんどないハートフルな物語。そんなふうに各話の色が極端に違っては、連作短編としてまとまりが悪いです。
コミカルな物語にするつもりなら、ハートフルな要素を加えてもコミカルな色は残しましょう。連作短編形式を選ぶなら、作品全体の色を意識する必要があります。

■主人公の言動に共感できない
読者が主人公に共感できるというのは、魅力的な主人公を描くうえで重要なポイントです。ところが最終候補作の原稿を読んでいると、「えっ、なんでそんなことするの?」「待って、そこでその選択はありえないでしょう!?」と思ってしまって、主人公に共感できないことがときどきあります。
例えば、陰湿ないじめをくりかえしてきた相手とあっさり和解したかと思ったら、次の場面で親しげにふたりでお茶をしていたりとか。幼いころに主人公を捨てて家を出ていった母親をとことん醜悪に描いておいて、これは確実に再会した母親を主人公が拒絶する流れだなあ、と思っていたら、なぜか彼女を家族として受けいれて、再び仲睦まじくいっしょに暮らしはじめたりとか。
読者が主人公(やほかのキャラ)に共感するためには、その言動に説得力があることが最低限必要なのではないかと思います。どうしてそういう対応をするのか、どうしてそういう選択をするのか、そのキャラの言動のひとつひとつに説得力があるかを意識することが、魅力的なキャラを描くことにつながるのではないでしょうか。
逆に、どうしてもこの展開が書きたいんだ、というのが先にあるときは、書きたい展開に説得力が生まれるように、それまでの物語で必要な描写を積み重ねておくべきだと思います。

■主人公の評価に違和感がある
主人公が好感の持てる人物にはまったく見えないのに、まわりの人々がやたらと主人公のことを評価していたり、いいやつだと持ちあげていたりすると、主人公を魅力的な人物だと思わせたいんだな、という作者の意図が透けて見えて、逆に魅力が損なわれてしまいます。主人公を魅力的にしたいなら、読者が直接見聞きする主人公の言動を魅力的に描くのがなによりの手段です。

■問題を盛りこみすぎ
規定枚数の300枚以内で描ける物語の内容には限度があります。その限られた枚数のなかで、メインのキャラたちにルッキズムやヤングケアラーや場面緘黙といったばらばらな問題を5個も6個も抱えさせて、それぞれのキャラと問題にしっかり焦点をあてながら成長や変化や問題の解消を描くというのは至難の業です。へたをすれば問題の紹介だけで終わってしまいます。無闇にたくさん問題を盛りこむよりも、取りあげる問題の数をしぼって、そのぶん丁寧に描いたほうが得策だと思います。

■キャラクターの造形が雑
漫画やアニメによくいるタイプのキャラをそのまま連れてきたせいで、物語の空気に合っていなかったり、キャラの設定が典型的すぎて、登場した瞬間にその後の展開が読めてしまったり、どこかで聞いたようなありきたりのことしかいわなかったり、キャラの中身がなさすぎて、物語を動かすためだけに登場させたことが明白だったりと、造形が雑だなあ、と感じる理由はさまざまです。たとえメインのキャラでないとしても、真摯に丁寧に描くことが大切ですね。

■このほか、最終候補作の原稿を読むなかで気になったことを箇条書きでご紹介します。
・途中から大人だけで話が進んでしまって主人公の存在感が薄くなる
・伏線らしい意味ありげな描写が回収されないまま終わってしまう
・語り手の心情描写や状況描写が客観的に整理されすぎていて、本人が語っているように感じられない
・その年齢や性格のキャラが使うには難しすぎる(ミスマッチな)語彙がたびたび見られる
・主人公の過去が異様に重いのに物語の展開はありきたりで、重たい設定の必要性が感じられない
・敵対者の言動があまりにも不愉快で読むのがつらい
・キャラクターに頻繁に格好いい科白をいわせようとしすぎている
・無理のあるギャグ描写のせいで物語やキャラクターのリアリティが損なわれている
・日常を描いた場面が延々と続いて物語に起伏がない
・メインキャラが特に理由もなく途中からほとんど顔を見せなくなる(ヒロインが主人公と交際を始めた途端に登場しなくなったりとか)
・対象年齢がわからない(内容は低学年向けの童話風なのに枚数は200枚以上とか)
・物語がたびたび脇道にそれて本筋が進まない
・主人公の年齢や境遇がはっきりしないので想像がしづらい
・動物童話や異世界ファンタジーなどで文明レベルの設定が曖昧すぎる(野生そのままの世界観だと思っていたら火や電気を使いはじめたりとか)
・キャラクター同士の距離感の縮まりかたがあまりにも急で違和感がある
・メッセージの提示が露骨すぎて物語のなかで浮いてしまっている

くりかえしになりますが、これらはあくまで私が感じたことですので、ここに書いてあることに注意を払って執筆しても、賞を獲れるとはかぎりません。参考程度に頭の片隅に留めていただきながら、次回の講談社児童文学新人賞に応募する原稿の執筆を頑張ってください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?