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第63回講談社児童文学新人賞受賞作『波あとが白く輝いている』のご紹介

昨年の講談社児童文学新人賞で佳作を受賞した、蒼沼洋人さんの『波あとが白く輝いている』が発売されました。

佳作ではありますが、それは応募原稿の段階では、この作品が未完成ともいえる状態だったから。これだけのものを書ける作者が、応募規定の枚数制限を気にせず改稿をすれば、大賞レベルの作品になるに違いない。
応募原稿を読んだときからそう期待していましたが、大幅な加筆・修正を経て出版された完成版の作品は、予想をさらに上まわる素晴らしいものになっていました。

『波あとが白く輝いている』は、東日本大震災から10年が経ち、新型コロナウイルスの蔓延で人々が不自由な生活を強いられている2021年の物語。
主人公の小学6年生・七海は震災で母親と祖母を亡くしていますが、まだ幼かったため震災当時の記憶はなく、母親の顔もおぼえていません。

慕っていた叔母の結婚、亡くなった母の友人との交流、幽霊の噂をめぐる小さな冒険。さまざまな経験をしながら、小学校最後の1年を過ごすなかで、七海は震災を境に途絶えていた小学校の文化祭「海光祭」の存在を知ります。
亡き母が実行委員長を務めていた「海光祭」を、自分の代で復活させたい。新型コロナの影響によるイベント自粛が続くなか、七海は友達や大人たちの協力を得て、「海光祭」復活に向けて奮闘します。

表紙の帯で選考委員の安東みきえ先生が書いているとおり、この作品は東日本大震災という「巨大すぎる現実」を題材とした、震災遺児の喪失と再生の物語です。しかしそれと同時に、ごく普通の小学6年生の女の子の、等身大の日常の物語でもあります。
七海やまわりの人々の背には、震災による喪失が影のようについてまわりますが、その悲劇性がことさらに強調されることはありません。
震災当時の記憶がないゆえの七海の震災との距離感はとてもリアルな印象で、2021年の現実を生きる少女の日常と成長の物語として、多くの人々の共感を呼ぶものになっています。

応募原稿の時点では明らかに枚数がたりず、後半がダイジェスト展開のようになっていましたが、受賞後の改稿で大幅な加筆が行われ、最後まで読みごたえのある物語にしあがっています(後半がダイジェストでも選考会ではぜひ大賞にという意見もあったといえば、応募原稿の時点でどれだけ優れた作品であったかおわかりになるでしょう)。

ページ数は270ページと高学年向けの児童書としてはやや長めですが、文章が丁寧で読みやすいためすらすらと読めます。
主人公の七海をはじめとした登場人物たちの心の動きも非常に繊細に描かれていて、どの人物にも地に足がついた魅力があり、それゆえにひとりひとりの言葉が胸に響きます。
読者の心に静かな感動を生む、文句なしに超大賞級の名作です。

作者の蒼沼洋人さんは2015年に『さくらいろの季節』を出版していて、この『波あとが白く輝いている』が第2作となります。
『さくらいろの季節』も素敵な作品でしたが、『波あとが白く輝いている』では、その丁寧で繊細な作風が、さらに輝きを増しているように感じました。
気の早い話ですが、今後第3作、第4作と蒼沼さんの作品を読めるのが、いまからとてもたのしみです(と同時に、強力なライバルの登場に身の引き締まる思いでいます)。

これからきっと長く読みつがれていくであろう『波あとが白く輝いている』、多くの皆様にこの物語を読んでいただけることを願っています。

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