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私が看護職を選んだ理由


「なんで女性の集団が苦手なのに、看護師になったんですか?」

これは、以前私がカウンセリングを受けていた時に、臨床心理士さんから聞かれたことである。

この質問をされた時、反射的に

『うるせえお前に何が分かる』

と、自分も結構なメンタル小娘であるにも関わらず、汚い言葉で内心罵ってしまった私は本当に大人気ないと思う。

カウンセラーさんは必要なことを聞いてくれただけである。
社会からはみ出した可哀想な私に道を示そうとしてくれたのだ。
私が思ってることなんて、言わなきゃ何も伝わらない。

察してくれ文化を盾にコミュニケーションを怠るのは、明らかにこちらの不徳の致すところである。
だけどその質問によって、カウンセリングに本心から答えようという気持ちが萎んでしまった。
その時は自分にも何故だかわからなかった。
それまで溜まってきたカウンセラーへの不信感が、その一言で溢れたのかもしれない。
それからの私は面接官と対面した時のように、核となる本心から何枚も層を重ねた分厚い建前を、ヘラヘラしながら話すことになった。

私はそれから、そのカウンセリングに行かなくなってしまった。

あの時カウンセラーさんに伝えられなかった想いを、ここで書いてみようと思う。

私が看護師を志したのは、確か高校生の時である。
看護職を目指す理由として良くある、
「自分が病気の時にお世話になった看護師さんに憧れた」
などという、純粋で真っ当な気持ちではなかった。

理由の1つは、家庭環境にある。
私の家は長いこと母子家庭で、女手一つで兄と私を育ててくれた母は、元保育士だった。

しかし日本の経済事情の変化から子ども2人を育てていくには厳しく、母は保育士を辞め、苦労しながらも手堅い職場に入り、経済的に支えてくれた。

そんな母から私がずっと言われていたことは、
どんなことがあっても食いっぱぐれない、安定した職業を目指すことだった。
私たちを育ててくれるのに苦労した経験からの助言だろう。
母は、もちろん嫌がる私を強制したわけではない。
ただ看護師の道というレールを敷いていたことは確かだった。

私は自分の進路を決めるに迫られるまで、自分の将来について
「音楽関係はどうだろう」
「文章を書く仕事がしたい」
「保健室の先生に憧れる」
「カウンセラーって稼げるのかな」
「やっぱり司書さんがいいかな?」
なんてふわふわふわふわしたことを思っていた。

だけど現実的に私の置かれた状況を考えると、どれも『安定性』を欠くものに思われた。
音楽も文章も、クリエイティブな職業でやっていけるだけの才覚や情熱が自分にあるとも思えなかったし、実力も人脈もどちらも無さそうな私など容易に潰されてしまう気がした。

養護教諭も司書も看護師のように求人が多いわけではなく、その狭い枠を掴みとれる自信もなかったし、もし奇跡的になれても何かしらの理由で退職することになった時、上手く再就職できる気がしなかった。
(養護教諭(保健室の先生)に関しては、保健師資格があれば就業場所は限られるが第2種免許は取れるというのも、惹かれるものがあった。)

あとは、看護師が奨学金制度に強いことも大きい。
看護師は定められた年数をお礼奉公として病院で働けば、多額の奨学金をチャラにできるという有難さがあった。
そしてその需要の多さ、給料の安定さは言うまでもない。
また理数系科目が壊滅的にできなかった私は、それ以外でも勝負できる分野を選ぶしかなかった。
経済的に浪人するわけにもいかないし、大学院なんてもちろん選択肢になかった。

次に思う大きな理由としては、私がものすごく情弱だったことだ。
看護師は「教師」とか「医師」などと同様、誰もが知ってるメジャーな職業だ。
そして、女性が選ぶ職業としてもイメージが良い。情弱な私でさえ調べなくても知ってる。
職業について入念に調べ上げるということも、高校生の無知な自分にはできなかった。
私が、医療職の中だけでもST・OT・PTや管理栄養士、検査技師や薬剤師など、数え切れないほどの専門職があるということをちゃんと理解したのも、大学に入ってからだった。

そして最後の理由としては、自分を変えたいと思ったことだ。
今思うと馬鹿みたいだけど、当時の私は看護師になれば、自分が変われると思っていた。
めちゃめちゃ打たれ弱くて、涙もろくて、意気地なしな自分。
3K(きつい・汚い・危険)の1つである看護師として働けば、弱い自分を強く鍛えられるのではないか。
そんな希望的観測もあった。

自己肯定感という言葉を安易に使いたくないのだけど、おそらく自信のなさのために、他者を目に見える形で支える職業につきたかったというのもあるかもしれない。

前の主治医に「医療者は自分が助けられるのは苦手」と言われたことがある。
セラピストと呼ばれる職業につく人の中には、自分が傷ついていて、それを癒すために、あるいは隠すために、上から手を差し伸べられる支援者になりたいという人も存在するという話をいくつかの場所で見聞きした。
そして高校生当時の私ももしかすると、そんな考えの1人だったかもしれない。

これらの理由から、私は看護職を目指した。
当時の私には、女性が多い職場だから、なんて理由だけで避けられる問題ではなかった。
視野が狭い私は、それが唯一生きていける道のように思っていたのだ。

私がカウンセラーさんから質問されて嫌な気持ちになってしまったのは、
簡単には説明できなかったことと、
どうせ視野が狭くて情弱だからと呆れられるんだろうと、
思ってしまったからだと思う。

でも、私と同じような考えを持つ同僚もいる。
しかし社会に出て蓋を開けて見ると、今も新卒から安定してバリキャリみたいに働き自立してる知人友人もいるのだ。
看護師の離職率の高さを考えると、あの看護師安定神話はなんだったのだろうと、飲みながら一緒に不思議がった。

崖の上に立っているような恐怖と無知、そして自己肯定感の低さを埋める手段。
とても悪い見方をすると、こんな感じの理由になる。

ただ1つ言っておきたいのは、看護師の仕事自体はもちろん怖いことも多いけど、とてもやりがいを感じていたということだ。
ワーカーホリックかというくらい、看護師時代の私は仕事に自分を費やしていた。

カウンセラーさんには申し訳なかった。
でも、どうしても言葉でうまく説明できなかったのだ。
そして文章にするとこれだけ面倒くさくて長い想いを、
会話の中で伝えられる気が、今もしない。