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【2024年版】平成元年発売のテトリスが 世界中で大変なことになっている


はじめに

2023年10月、毎年恒例となった賞金制のテトリスの世界大会である「CLASSIC TETRIS WORLD CHAMPIONSHIP」が開催されました。
Super Killscreen導入後初の世界大会となった今回、フルセットまでもつれ込んだ白熱の決勝戦はKillscreen中にテトリスも飛び交う激しい競り合いが繰り広げられ、歴戦の猛者のSidnev氏を破り、前回準優勝のFractal氏が悲願の初優勝を遂げました。

皆様お久しぶりです。今回もNESテトリス世界大会の記事を執筆することとなりました。前回から1年半ぶりとなります。

2023年はあまり書くこともなさそうだな…と思っていましたが、そんなことはありませんでした。本当に大きな出来事が何度も、立て続けに起きてしまったため、この記事の公開が12月末から今年の6月になってしまったほどです。この記事も相当長くなることをお伝えしておきます。時間のある時に少しづつ読んでいただけると幸いです。

まず冒頭にて、2023年のテトリス世界大会の結果について記載しました。Killscreen中にテトリス狙い?そしてSuper Killscreenとは?
疑問は尽きないでしょう。まずはこの世界大会で起きた出来事について語ると致しましょう。

「Killscreen」による試合時間の増加

ここ数年の間にNESテトリスの世界では、Rolling技術を用いるプレイヤーが増加し、これにより「Killscreen」を突破する頻度が急増しました。ローリング技術により、テトリスの想定する限界を超える速度で操作することが可能となり、それまで到達不可能とされていたレベルへの挑戦が現実のものとなったのです。この技術革新によって、高速でミノを操作するエキサイティングなシーンによる決着をもたらし、競技シーン、そして見る側としても新たな息吹をもたらしました。

しかし、その一方で、問題も起こり始めています。

最大の問題点は、試合時間の増加です。プレイヤーがkillscreenを超えてプレイすることが一般的になると、大会の持ち時間が大幅に伸びます。その結果、大会の運営に支障をきたすようになりました。
以前までは基本的にNESテトリスの一回の試合時間はKillscreen到達までとなるため、この時間は最大でも8分~9分と固定化されていました。
ほかの格闘ゲームやパズルゲームの試合時間は2分前後が一般的であるためそれよりははるかに長いですが、それでも総試合時間の最大値の概算は比較的しやすいほうでした。

しかし、Killscreenを超える事例が頻発するようになると、この前提が崩れてしまいました。上記の表は2020~2022年におけるCTWC(Classic Tetris World Championship)のベスト4の試合時間を並べたものです。年単位で平均2分程度の増加となっており、実に20%の試合時間延長につながっています。
そしてこの傾向はKillscreen以降の技術が発達した2023年以降さらに伸びているというデータがオンライン大会の結果から示されています。
オンライン大会でも時間調整や待機時間の長期化という課題が出ていましたが、特にイベント会場でのリアルイベントでは借りている施設の時間として致命的となりえます。

「Super Killscreen」の誕生

この事態に対処するために、2022以降のオンラインのNESテトリスの大会では新たなルールを採用することが増えてきました。Lv39またはLv49でゲームを終了し、その時点までのスコアを最終記録とするという足切り制度です。

さらに、CTM(Classic Tetris Monthly)のような大会では、視覚的なインパクトを高めるため、Killscreenの倍の落下速度でゲームプレイを強制的に終了させる「Super Killscreen」という仕組みも使われるようになりました。さすがにRollingといえど、0.2秒弱で接着してしまうスピードには対応できず、ゲームオーバーは確実となってしまいます。そのため、プレイ中に意識することなく、既定のレベルでゲームを速やかに終了させることができるようになります。

この機能は従来のNESテトリスには存在していません。つまりこれは、ゲームをさらに難易度を高くするための(実ソフトに対する)ゲームの改造に相当します。アメリカではゲームの利便性を向上させる目的でしばしば改造が用いられています。このことは今までの記事ではあえて述べていなかった事項になります。
このようなテトリスの改造は、実は世界大会であるCTWCにおいても多くの目的で用いられていました。対戦相手同士でシードと呼ばれるものを固定することで降ってくるブロックを同一パターンに固定させたり、表示している点数の上限をMAXOUT以降も記録できるようにするなど、CTWC主催の了承の下で改造が加えられています。

アメリカと日本では所有するゲームソフトへの改造等に対するゲームユーザーの考え方としては(また法的な解釈としても)大きく異なります。日本ではこのようなゲームの改造に対し快く思わない人もいるため、今まで私は敢えて言及しないことにしていました。
一例として、私とコーリャン選手がNESテトリスの紹介としてTBSラジオに出演した際、原稿の初稿には改造についての話題がありましたが、後に原稿から削除し、特段語ることは致しませんでした。

しかし、近年NESテトリスで起きている出来事について話をする為には、この改造ソフトという話は避けて通れないため、今回は明言することにいたしました。
前述のとおり日本国内においてはセンシティブな話題ではあるため、この記事においても、改造の是非に関しての言及は行わないことをご了承ください。

Super Killscreenによる「戦略」の進化

Super Killscreenの話に戻ります。
Super Killscreenは、いわば人工的に作られた「Killscreen」であり、Killscreenが本来のゲーム終了の目的を逸脱した結果、新たな「終わり」を作る必要に迫られた結果といえます。競技的プレイにおいて、逆説的にKillscreenは必要だったということになりますね。ただ、Killscreenが目的を果たさなくなった影響は「ゲーム終了」という時間の制約だけではありませんでした。

近年、Rollingの発明によってKillscreen上で戦うことができるようになった結果、NESテトリスの戦略は「テトリスをできるだけ狙った方が勝てる」という大半のプレーヤーや視聴者が想定する戦略から、単純に「とにかくKillscreenを生き残るほうが強い」というものに変化していきました。
レベルが上がるにつれて消去スコアも上がり続けるため、Killscreen後はシングルやダブル消去でも高得点を稼ぐことが可能となっていくため、耐えれば耐えるほどスコアを稼ぐことができるようになってしまいました。つまり、Killscreenより前のテトリスによるスコア稼ぎが、以前よりは重視されなくなってしまっていたのです。

しかし、Super Killscreenの導入後は(トッププレーヤー間では)この戦略が通用しなくなりました。「終わり」が設定されたことで、Killscreenまでのスコアが以前と同様の意味を持つようになったのです。
そして、さらに大きな戦略が追加されました。先ほどKillscreen以降のシングルやダブルのスコアが高いということを述べましたが、それはつまり、
テトリスで獲得できるスコアはすさまじい点数になるということ他なりません。
これにより、「Killscreen時のテトリス狙い」というきわめてハイリスクなプレイに大きなメリットが生まれることになり、よりアグレッシブな試合が展開されるようになりました。プレイヤー達はKillscreen下において、より戦略的なアプローチが求められるようになったのです。

この影響は観戦する側にとっても、ハイリスクな駆け引きを含むエキサイティングな試合を見れるようになり、配信もさらなる盛り上がりを見せることになりました。
その結果かはわかりませんが、CTWCやCTMだけではなく、その他の小中規模大会においても、クラウドファンディング形式の寄付金が賞金プールになる賞金制大会が増加傾向にあります。(これらについてもいずれ話したいところです。)
NESテトリスのSuper Killscreenの採用は、このゲームのEsportsとしての競技性を一段引き上げることになったといえるのではないでしょうか。

試合時間の短縮にも成功した

さて、そうやって開催されたCTWCの決勝戦としては最初に述べたとおりです。年齢制限ギリギリでの参加となった若きBlueScuti選手も初出場でベスト4に輝いたり、両者がSuper Killscreenに到達するDouble-Super Killscreenが飛び出すなど、今年も大盛況のうちに幕を閉じたのでした。
2024年はCTWCの開催時期は時期が早められ、6月開催となります。また来年の夏もエキサイティングな試合が繰り広げられることに注目しつつ、今年の記事を終わりにしたいと思います。



……さて。


ここまでが、私が2023年のNESテトリスの記事として投稿しようとしていた内容でした。これでも一つの記事になる程のボリュームなのはごらんの通りなのですが、
この記事を投稿するはずだった2023年12月、NESテトリス界隈だけでなく、世界中のメディアをも巻き込んだ大事件が、起きてしまいました。(その余波は2024年6月現在も継続中です。そのためにタイトルを変更しました。)

これからが、本当の「2024年における最新のNESテトリス」です。覚悟してご覧ください。

NESテトリスの「終わり」とは何か?

まずは昔話から始めます。
このNESテトリスには終わりがあるというのは昔から示唆されてきました。5年ほど前、日本人のコーリャン選手の功績から広まったHypertappingを用いてKillscreenに挑む者が増え、少しづつ攻略が進んでいた時代、Killscreenを耐え続けた果てに「何」が起こるのかはプレーヤーたちのひとつの関心の的でした。

2013年、NESの動作を疑似的に再現できるPCソフトウェア(エミュレータ)を用いてそれを確認した者が現れます。エミュレータといえど、長時間高速であるテトリスの操作を記録するのには困難が伴います。
途方もない時間をかけたであろうその動画は、Lv255を超えると「Lv0に戻る」ということがわかり、これが「Killscreenの終わり」であるというのが最初の定説でした。
現に、2019年の電ファミニコゲーマーの記事において、下記の記述が見られます。

ここで気になるのが、「はたしてNES版『テトリス』にはレベルの上限があるのか」という問いだ。これに関しては答えが出ており、ツールを使ってレベル255に達するビデオが公開されている。このレベルを超えると最終的に表示レベルは00に戻るため、ここが最終レベルだと考えられる。

https://news.denfaminicogamer.jp/news/190218d

しかし、これはあくまで「エミュレータ」を用いて記録したものであり、当時からエミュレータによってはNES実機の再現性がやや低いことが知られていました。現に、該当の動画(現在は削除済)を作成した作者も下記のようにコメントを残しています

Level 29 and beyond are killswitch levels, they are dangerous, they can glitch/crash when trying to clear lines starting in Level 156 (F60 lines cleared), and those levels do not cut any slack! These levels make it totally impossible to score L-shaped TETRIS'es from the very top, even when using an emulator.

https://forum.speeddemosarchive.com/post/nes_tetris__335_level_toolassisted_playthrough_improved_new_time_11303.01.html

(意訳)レベル29以降はkillscreenとなるため危険であり、レベル156 (F60ラインクリア) 以降にラインをクリアしようとすると、不具合やクラッシュが発生する可能性があります。このレベルではエミュレーターを使用しても、L字による「TETRIS」を最上段で行う(注釈:純正ソフトではそのようなグリッチが存在する)事はほぼ不可能です。

筆者による意訳

上記の通り、この時点(2013年)で既にLv156でのクラッシュの可能性について示唆されていましたが、それを実演する人はほぼ居ませんでした。

しばらく時は経ち、近年のAI利用ブームの最中、NESテトリスについてもAIを活用しようとする人が現れます。2021年、Greg Cannon氏は自作AIのStackRabbitを用いてNESテトリスの長時間のプレイを実行させました。そうした結果、なんとNESテトリスはLv237でフリーズすることが判明したのです!

この事実は多くの人々に衝撃を与えました。今までは一部の人のみが知っていた「NESテトリスはプレイ中にフリーズする」という事実を、初めて動画化して誰もがわかるように明らかにしたからです。このニュースについては、私とコーリャンさんがTBSラジオに出演した際も、コーリャンさんの口からこう語られています。

コーリャン:コンピュータ(AI)がプレイしたという映像で、3000ライン以上消すとゲームが止まってしまう挙動をするらしくて、今度こそ、(ゲームが止まってしまうとプレイができなくなるので)真の「キルスクリーン」といえると。今後は人類がそこまで行けるのかどうかという。

特集:「“落ちモノ”パズルゲームの金字塔『テトリス』が 令和の今になって大変なことになっている!」(現役テトリスプレイヤー/コーリャン・はるく) - アフター6ジャンクション 2 

しかし、その後にこれは無改造のNESテトリスとは違う挙動であるということが分かりました。この時に使用していたソフトウェアはAIを利用する関係上、エミュレータによる動作に加え、スコアの表示等に改造を加えていたソフトとなっており、厳密には無改造のソフトとは異なるものでした。その時に加えていた僅かな修正が、フリーズの条件を変えてしまっていたことが判明したのです。

この条件はHydrantDudeという人物によって、正常な無改造ソフトの場合「ある条件」を満たすならば、最短でLv155でフリーズするということをNES(ファミコン)の挙動を正確に説明することで示されました。つまり、これが本当の意味での「(最速の)テトリスの終わり」が判明したのです。

前述のとおり、フリーズを起こすためには「ある条件」が必要です。果たしてこれは何でしょうか。実はこのフリーズは、ハードウェアとしての制約と、ソフトウェアとしての挙動が複雑に絡んだ結果生み出されるものでした。今からその理由について説明していきましょう。

カラーパレットバグの「原因」とは?

2022年の記事に、カラーパレットバグがあったのを覚えておりますでしょうか。その時にNESテトリスは「カラーパレットバグ」にて、NESテトリスを「破壊」することに成功してしまった、と綴りました。

―2022年、<Rolling>という新たな武器を得た人類はついに―――
NESテトリスを「破壊」することに成功してしまいました。

まず一人、PAL版(欧州版)NESテトリスにてトッププレーヤーFractal氏が
約40分、3000個以上のブロックを捌く長旅を耐えに耐え、
初の「カラーパレットバグ」到達を成し遂げます。
人類の新たな第一歩がここに始まりました。

【2022】平成元年発売のテトリス世界大会が さらに大変なことになっている

では、この「カラーパレットバグ」はなぜ起こるのでしょうか。これについても前述のHydrantDude氏が動画にて説明しております。

端的に言うと、実際には下記のような手順でブロックの色を決めています。

  1. 事前にカラーパレット(ブロックの色パターン)を0~9の10種類用意する

  2. 今のLvを値として保持する

  3. 保持した値から10を引いてみる

  4. その値がマイナスになる場合、処理を終了し、今の値に対応する(メモリ番地にある)カラーパレットを出力する

  5. マイナスにならない場合、値を更新し3に戻る

さて、マイナスを用いる判定を見ればわかる通り、この時に保存する「値」はいわゆるSigned になっています。なお、LvはUnsignedです。
…プログラミングを多少知っている方はここで起きるバグについてお気付きでしょうか。
プログラミングを知らない方に説明すると、1バイトというサイズでプラスマイナスの値を格納する(Signedの)場合、最大で127までしか表現できません。ここにむりやり128という値を入れてしまうとそれは最小値「-128」を意味する値になります。

カラーパレットバグは(Unsignedである)Lv138で発生します。Lv138から10を引くと「128」、つまりこれはSignedでは-128であるため、ここで引き算を終わらせてしまうのです。つまり、下記の処理となってしまいます。

  1. 事前にカラーパレット(ブロックの色パターン)を0~9の10種類用意する

  2. 今のLv(138)を値として保持する

  3. 保持した値から10を引いてみる

  4. その値がマイナスになる(-128)ため、処理を終了し、今の値(138)に対応する(メモリ番地にある)カラーパレットを出力する

つまり、0~9の枠を用意していた枠のはるか先、138番目の値をカラーパレットとして出してしまいます。そこは当然色の管理をしている場所ではなく、おかしな色が出てしまう理由となっているのです。色によっては人間がブロックを区別するようなパターンになっていないこともままあります(このことが後に大きな問題となります。覚えておきましょう)

なぜこんなバグが残っているのか?と思うでしょうが、そもそも普通に遊んでいる分にはLv29でKillscreenになるわけですからこんな事態は想定外です。そもそも「10を引き続ける」処理についても、現代の高レベルプレイを想定していません。なぜならkillscreenのLv29ですら、この処理を3回実施すれば済む処理なので、10回も20回も実施することを想定しているプログラムではなかったのです。

ソフトの「繰り返し処理」の罠

さて、話をフリーズの話題に戻しましょう。実は、Lvにかかわる計算や、スコアにかかわる計算も、似たような「繰り返し処理」を行うことで実現しています。

このゲームのスコアの計算方法は、大雑把に言うと

「ライン消去得点×(Lv+1)」

となっています。しかし、このゲームには「掛け算」は存在しません。つまり、カラーパレットの計算と同じように、「Lv+1」回分、ライン消去得点を現在のスコアに足す処理をループさせています。つまり、Lv10なら11回分、Lv155だとなんと156回も繰り返し計算させているのです。

また、このゲームのスコア加算は、日本人が小学校で学ぶ「筆算」と同じように、一桁づつ「くり上がり」処理を行っています(これは内部的に大きな値を保持していないためです)
しかもそれは、カンストと呼ばれる999999点のMAXOUT時であっても行われます。例えばMAXOUT時にシングルライン消去の40点が加算された場合、

  • 999999+40=1000039(A00039)の計算を実施

  • 上限を超えたため999999に戻す

という2段階の処理を入れています。しかも、1000039という値を算出するまでに繰上り計算を5回実施することになります。
これだけでも大変な処理であることが想像できますが、さきほど述べたようにこれをLv+1回分繰り返す必要があります。Lv155だと156回です。つまり、高レベルになればなるほど、この膨大な繰り返し計算処理を「たった1ライン」消すだけのプレーで実行してしまうのです。

同様の事例は、近年スーパーファミコンのスーパーマリオワールドでも話題に上がっています。スコア表示に必要な計算処理が同様の繰り返し処理を伴うため、全体の処理時間の実に1/6をスコア表示に使っているというものです。下記の投稿でその説明が行われています。

NESテトリスが「フリーズ」する理由

計算処理の時間が長くなることがファミコンのソフトとしてどのような影響を及ぼすのでしょうか。
突然話は変わりますが、ファミコンはブラウン管テレビの画面更新周期に合わせるため、1秒に60回画面に表示させる画像の更新を行っています。これはつまり、1/60秒に一回「画面描画のための処理」が割り込まれることを意味します。このことをVBlankとも呼びます。
通常時はこのVBlankまでに(例えばテトリスの場合はブロック(ミノ)の操作、画面の更新、スコアの更新といった)一連の処理を終わらせており、描画や挙動に影響することはほとんどありません。ただ、ゲームによっては処理が終わらない場合もしばしば発生し、その場合は描画や動作に影響を与えます。それがファミコンのソフトにおける「処理落ち」や「画面のちらつき」の原因となります。
これは下記の動画(FC版DQ3開発者内藤寛氏のYoutube)内の説明が詳しいです。

通常時の挙動について
これが間に合わない場合・・・
処理落ちが発生する

普通のゲームはそのような挙動が発生してもゲームプレイの進行が遅れることはあれど、その後の処理に大きな影響を与えることはありません。
しかしNESテトリスは想定してないほどに大きなスコア計算処理が行われた結果、ここの処理が終わらなかった場合の続きの処理に不具合を抱えてしまっています。
簡潔に言うと、描画が終わった際に割り込み元の処理に戻る復帰場所を描画処理中に「上書き」してしまうことがあり、メモリの特定の場所に飛ばされてしまいます。そして、その飛ばされた先が「処理を停止する(STOP命令)」であった場合、NESテトリスは動作を止めてしまうのです。

つまり、NESテトリスにおけるフリーズとは、通常あり得ないレベルまで人類が到達してしまった結果、スコア処理を含む処理が非常に重くなり、描画処理までに完了せず、結果としてゲームを止める命令に飛ばされてしまった、ということになります。
そして、それが最短で行えるタイミングが、
「Lv155のレベル到達をシングル消去で迎える」
ということになります。
NESテトリスプレーヤーの新たな目標が誕生した瞬間でした。

フリーズ前に立ちはだかる「Dusk」と「Charcoal」

さて、Lv155という新たな目標が現れたNESテトリスですが、実現するには非常に困難が伴います。Killscreen下でも戦えるRollingが主流になったとはいえ、1490ライン消去という途方もなく長時間のプレイをし続ける持久力だけではなく、他にもそれ以上の困難さが存在しています。
その大きな要因の一つが前述の「カラーパレットバグ」になります。

カラーパレットバグは人間が視認するように想定した色ではなく、通常のブロックとは見え方が異なるため、バグ発生以前よりも慎重に積む必要があります。それに加え、通常のLv29までのプレイの数倍の時間をKillscreen下で耐える必要があるため、疲労度は桁違いに跳ね上がります。

そして何よりも問題なのは、フリーズの前に視認性が最悪になる二つのLvが存在することです。それがLv146Lv148になります。
先述したAIによるプレイ動画にてそれぞれ「Dusk」「Charcoal」と名付けられたそのLvは、モニタの明るさ調整等を行ってもなお視認性は最悪で、ブロックの有無すら確認が難しい状況の中Killscreenを耐える必要が出てきました。

AI BREAKS NES TETRIS! - 102 MILLION and level 237 より
AI BREAKS NES TETRIS! - 102 MILLION and level 237 より

これが非常に厳しく、NESテトリスの上位プレーヤーたちはこのレベルにて何度も涙をのむことになってしまっていたのでした。

Duskを視認することができず失敗するFlactal選手

※下記は「Charcoal」色のみに設定したNESテトリスで練習するFractal選手。最近アップロードされた動画であり格段に上達が見られる

選手らによるたゆまぬ「Lv155」挑戦の数々

しかし、上級者による挑戦は止むことはありませんでした。2023年末、Lv155フリーズを目指し、Fractal選手を中心に多くの選手がチャレンジする企画を自主的にスタートさせました。
Fractal選手、Dog選手、PixelAndy選手など、名だたる歴戦のプレーヤー達が「同時配信」を行うことによってこのムーブメントを盛り上げていきました。

これにはCTWC公式にも反応し、それらのプレーヤーの配信をホスティングしたり、同時視聴できるように(かつてのオンラインCTWCのように)複数プレーヤーを一画面で同時中継配信する等このチャレンジへの支援を実施。

CTWC公式による同時中継配信の様子(当時の配信が残っていないため2024年1月の配信より)

もちろん、1プレイ1時間に迫る長時間プレイに及ぶためなかなか達成はできませんでした。しかしながら各選手は、集中的なプレイを通じて着実にフリーズに迫る安定力を身に着けていきました。

「最年少選手」による偉業達成

2023年12月21日、ついにその日は訪れます。
前述したCTWCにてベスト4に輝いた当時13歳のBlueScuti選手。彼もまた、このLv155フリーズ挑戦者の一人でした。彼はこの日の配信において、伝説となるプレイを行います。

「Dusk」プレイ中

「Dusk」を乗り越え…

「Charcoal」プレイ中

「Charcoal」も何とか突破。

あとはLv154→155のレベルアップをシングル消去で行えばフリーズ達成ですが、なんと直前のLv154で設置ミスを起こしてしまいます。

Lv154にて置きミスをしてしまい…

これのリカバーに対応することになってしまい、Lv155到達をトリプルで行ってしまいます。なんと、フリーズに失敗してしまったのです。

シングルではなく3ライン消しとなりフリーズを回避してしまう

BlueScuti選手もフリーズに失敗したことにすぐに気付きますが、そのままプレイを続行します。次のチャンスは「Lv157のレベル中にシングル消去をしたとき」です。しかしこちらは成功率は70%程度と言われています。
Lv157も非常に視認性の悪いステージです。地形を大きく崩しつつ何とか1ライン消去に成功し…

フリーズした瞬間

無事、70%を引き当てることができました。
世界で初めて、NESテトリスをフリーズさせることに成功したのです。

この偉業は「First to "beat" Tetris」と評され、一瞬にして世界中にこの事件が広まっていきました。この大事件はなんとあのニューヨークタイムズ紙がインタビュー記事を上げるという事態にまで発展。
アメリカ国内中がこの少年の偉業を知ることとなりました。
その記事を転載する形で日本のニュースサイトないしテレビニュースが取り上げることとなり、日本国内でも大きな話題となりました。

2023年12月21日、ついにNESテトリスの本当の「終わり」(True Killscreen)が訪れたのです。

新たな到達点「Rebirth Screen」

今回の偉大な記録はLv155でのフリーズを一度「回避」してしまった結果、Lv157で世界初の達成となりました。
もしも、これ以降もフリーズを回避し続けたら、いつまでもNESテトリスを遊び続けることができるのでしょうか。

答えは「Yes」です。

Lv255を超えると「Lv0に戻る」ということがわかり、これが「キルスクリーンの終わり」であるというのが最初の定説でした。

この定説のたどり着く先、それをNESテトリスコミュニティは
「Rebirth Screen」と名付けました。Rebirth(転生)の名の通り、Lv0の平和なNESテトリスの世界へ転生するのです。

After 34 Years, Someone Finally Beat Tetris
https://www.youtube.com/watch?v=GuJ5UuknsHU

しかし、フリーズを回避する条件は容易ではありません。Lv157でシングル消去をすると70%でフリーズするという事は、基本的にLv157ではシングル消去をしてはいけないという事になります。70%という確率は、人間がプレイ中に感知できないフレーム単位のカウンタ等に起因するもののため、3割を意図的に引くことは事実上不可能です。
下記のサイトで詳細なフリーズ条件が記載されています。

Lv157以降も「セレクトボタンを押してNEXT表示を消してプレイしなければいけない」「下ボタンを押して接着しなければならない」といったプレイを適切なレベルで行う必要があり、およそ人類には無理である話です。(ほかにも様々な「バグ」が存在します)しばらくの間は、まずはLv157の突破に時間がかかるものと考えられます。

2024年6月現在の最高到達点は Alex.T選手によるLv157(6ライン)
1回目のシングル消去でフリーズ回避したが画面が崩壊し、2回目のシングル消去でフリーズ
https://www.youtube.com/watch?v=Osr2rFhzhFc

分岐する二つの「世界記録」

年は明け2024年1月3日。年末の大ニュースの興奮冷めやらぬ最中、
またも衝撃的なニュースがNESテトリス界隈を揺るがしました。

Fractal選手によるフリーズの瞬間

Fractal選手による二人目のフリーズ達成。しかも、Lv155という「最短記録」です。BlueScuti選手の約2週間後というあっという間の出来事でした。

それだけではありません。なんと次の日1月4日、今度はPixelAndy選手もLv155にてフリーズを達成します。

PixelAndy選手によるフリーズの瞬間

ここまでくると、Lv155のフリーズ達成は上位プレーヤーにとって、雲の上の偉業ではなくいずれ達成できる記録という扱いになってしまいました。しかし、これ以降の到達Lvの記録更新は前述のとおり、今までのプレイとは全く異なる(そして純粋なテトリスのプレイとしては無為な)スキルを要するため、記録更新を狙うプレーヤーはさほど多くありません。

そうした中、別のアプローチからのNESテトリスの(Lvやスコアの)記録更新を狙う方法が試されるようになりました。
「ソフト改造」によるフリーズ回避です。

この記事の前半にて、「AIの示したフリーズ条件が異なる」と示したように、スコアの表記に変更を加える程度の改造ですらフリーズ条件が変わることが分かっていました。
では、完全にフリーズを回避するようプログラム修正を行ったNESテトリスを用いて、Lv155以降もプレイできるようにすればいいのでは?と選手たちは考え始めました。
元々NESテトリスのプレーヤーは、トレーニング用にカスタマイズされた「TETRIS GYM」と呼ばれる改造ソフトでプレイすることが一般的となっています。(これもNESテトリスコミュニティにおける「記録」として認められている)そのため、フリーズ回避にそのようなソフトでプレイする事についてもすんなり受け入れられている状況となっています。

こうしてNESテトリスの世界記録は、ここで二つに分岐することとなりました。

  • 純正のNESテトリスカートリッジを用いて「正常な動作における」ゲームプレイにてハイスコアや最高到達レベルを目指す部門

  • フリーズを回避した改造テトリスを用いて極限のハイスコアや最高到達レベル(Rebirth Screen)を目指す部門

そして、現在のトレンドは後者になりつつあります。

かくしてトップ選手たちは、フリーズ回避を組み込んだ「TETRIS GYM」をはじめとした改造ソフトを用い、スコアの記録更新や「Rebirth Screen」を目指し始め…


2024年頭から現在に至るまで強烈な更新合戦が繰り広げられていきます。


1000万点という「偉業」

さて、フリーズするまでには途方もない長時間のプレイが必要であるという事を語ってきましたが、その際の獲得スコアはどのくらいになっているか分かりますでしょうか。

そのスコアはなんと685万点。この時点でMAXOUT7回弱です。

この時点で世界記録の大幅更新であったことは事実なのですが、フリーズという目標が達成された今、このスコアをさらに更新するという挑戦が始まりました。

まずは1月4日にフリーズ達成したPixelAndy選手がその1週間後、1月11日に衝撃のスコアを叩き出します。

8952432点。約210万点の大更新です。

PixelAndy選手はフリーズまでのKillscreenを耐えるのではなく、リスクの非常に高いテトリス狙いを積極的に狙った結果、この大記録を打ち立てることに成功いたしました。

しかもこれは、「Charcoal」でゲームオーバーになった記録です。

ここで多くのプレーヤー、観戦者は考えます。
もし、フリーズまで同様のペースでプレイ
していたら…

……もしかしたら「1000万点」の大台が見えるかもしれない。

そう、考えたのはCTWCの公式も同様でした。

このニュースを受けて、CTWC公式は「Race to 10 Million」という企画を開催。寄付金を賞金プールとして有力選手が同時配信する企画を立ち上げました。

こちらも大いに盛り上がる中、企画外で突然のニュースが舞い込みます。

「Race to 10 Million」でも有力選手と言われていた、Alex.T選手。
3月11日の配信にて、1000万点ををはるかに凌駕した大記録を樹立します。
1時間に及ぶ長い長い挑戦の果てのその記録は何と…


16248080点。


世界記録をダブルスコアで塗り替えた瞬間でした。

勿論、実機でのLv155までには不可能なスコアであり、フリーズ回避を行っている改造ソフトでのプレイですが、ここまでのスコアになるという事は、到達したレベルも異次元になります。
彼が初めて到達したそのレベルは何と、Lv155のはるか先、
「Lv235」でした。こちらも大幅な記録更新となりました。

「1面」のク〇ミドリ ~Lv235の恐怖~

さて、Lv235到達と聞いて、「もうLv255、Rebirth Screen到達が見えているんじゃないか」と思った方も多いのでは無いかと思います。しかし、それは大きな間違いです。
このLv235というレベルこそ、このRebirth Screen挑戦最大の関門と言っても過言ではないと考えています。

なぜならこのLv235、想定されていないレべルの高レベルであるがゆえに、レベルアップの処理にバグを抱えてしまっており、
このレベルだけ、クリアラインがそれまでの10ラインから大幅に引き上げられてしまっているのです。

そのライン数はなんと驚異の810ライン。
つまり、このLv235は、従来のレベルの81レベル分に相当します。

そして最悪なことに、このカラーパレットバグで割り当てられたこのLvミノ(ブロック)の色はなんと緑一色

視認性こそ「Dusk」「Charcoal」よりはややマシですが、ミノの区別が付きづらい、単調な画面となり精神的に負担が大きい等、突破が困難な地帯であることは紛れもない事実です。

到達に必要なライン数の比較

なお、この色については改造ソフトの影響で本来は違う色とも言われています。が、2024年6月現在オリジナルの色設定で到達した者がおらず、その色も若干マシになった「Charcoal」という話であり、困難であることには変わりありません。(前述のFeactal氏の練習動画は「これ」を練習していたのです。)

いずれにせよ、未曽有の大スコアをきっかけに、他のトッププレーヤーたちもRebirth Screenを目指す配信を始め、常識外の記録が次々に生まれていきます。

次々と飛び出す「大記録」の数々

この後も勢いは止まりません。

2024年4月15日、Alex氏がLv155到達時に1000万点越えというとんでもない記録を樹立(12134800点)「純正ソフト相当」の大記録となります。

さらにはその翌日には自身の記録を塗り替える16700760点を達成。
3回目の1000万点超えの記録を叩き出します。

また趣向は変わりますが、同日に初の「テトリス以外の消去をせずにMAXOUT達成」というPerfect MAXOUTという記録もDengler選手によって打ち立てられました。ミノのランダム性が高いこのゲームにおいてこれも前人未到の記録の一つとなりました。

2024年5月20日、今度はDog選手がLv235に到達。人類2人目の緑一色到達となりました。スコアは14873620点です。

そして最後はなんと2024年5月23日、つい2週間前です。
かのBlue Scuti選手によってLv29スタート(つまり最初からKillscreen)で叩き出された得点、それは

18862720点(2534ライン)

になります。もちろん、最多ライン数も更新です。

ちなみにLv29スタートは改造が必須となるため、これもカテゴリとしては別になりますが、このスタートLvの変更はハンデではなく、一つの大きな意味を持っています。
Killscreen開始からスタートレベルを変更したことで、大量のライン消去で耐えなければならないレベルがLv235からLv239に変化してるのです。

そうすることで比較的見やすいミノの色でのプレイが可能になるという事になり、今回の大記録の原動力となったわけです。
今後はこの「Lv変更」によるRebirth Screen到達も有力視されています。(ちなみに開始Lvを下げることでも変化させられるようです。こちらは実機相当で開始できるため検討されているようです)

果たして、人類がRebirth Screenを目にする日はあるのか。
もしかしたらそう遠くない未来の可能性もあるかもしれません。
その時に、新たな記事が執筆できたらと思います。またお会いしましょう。

今週末から「CTWC」が開催されます!

さて、ここからは皆様にも楽しめるイベントのお知らせです!
そう、今年のCTWCが明日(現地時間の6月7日)から開催されるのです!

今回も公式配信だけでなく日本語配信も実施!日曜日と月曜日午前中まで同時配信が行われます!

土曜日は日本語配信はないものの予選が行われ、規定時間内のMAXOUT回数を競う熾烈な戦いが繰り広げられます!

日本語での観戦チャット用のDiscordも用意されています!
こちらも是非ご参加ください!

参考文献

NESテトリスの動画解説を数多く上げているaGameScoutさん。
今回も非常に参考にさせていただきました。

自身もトッププレーヤーとして有名なEric選手による、Lv155以降の実機で起きる現象についての解説

NESテトリスの記録表

大手Youtuberがまとめた世界記録の歴史


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