TID(Total Ionization Dose)設計
TID(Total Ionization Dose)とは、半導体部品の放射線劣化影響の一つです。本編では、TIDに寄与する宇宙環境とTID試験の方法、また、その解析、設計について詳細に記載します。上記図はTIDの原因となる宇宙放射線のイメージです。
1, TIDに寄与する宇宙環境
宇宙に滞在する放射線は、重イオン、プロトン、電子線に分類されます。その中でもプロトンと電子線は非常に数が多く、宇宙機は常にプロトンと電子線に照射されることとなります。また、それらの放射線はある程度の飛程を持つため、宇宙機内部の機器や部品にも影響を及ぼします。それらが引き起こす半導体部品の劣化現象をTIDと読んでいます(TIDの発生原理の説明については、たくさんの方が紹介し散るので割愛させていただきます)。プロトン、電子線のいずれにおいても、そのエネルギーはそれぞれであるため、ある一定の遮蔽を行うことで、その照射量を抑えることは可能です。そのため、宇宙機表面と宇宙機構体の内部、または、コンポーネント構体内部では、それぞれ被曝量は異なります。
よって、宇宙機の設計を行う場合は、その環境、ミッション期間、遮蔽厚に応じた被曝量を把握することが必要となります。そこで、一般的に用いられているのがドーズデプスカーブと呼ばれる指標です。静止軌道環境に15年間滞在した場合のドーズデプスカーブを以下に示します。
ドーズデプスカーブにおける縦軸は被曝量(Dose)を示しています。一般的に被曝量の単位としてrad(Si)を使い、(Si)の意味は半導体における基本的な材料であるシリコンを対象にした場合の被曝量という意味です。同じ放射線が同じ量当たった場合でも、材料によってその被曝量は異なります。よって、rad(Si)のように、(Si)と付けることで、シリコンを対象とした場合の被曝量であることを示しているのです。ドーズデプスカーブの横軸は遮蔽厚(Depth)を示しています。一般的に遮蔽厚の単位は、mm(ミリメートル)を使われ、遮蔽として考慮される材料はAl(アルミニウム)です。よって、mm(Al)などと表記されることもあります。この横軸(遮蔽厚)は、周囲すべてがその遮蔽を持つ場所を示しています。そのため、例えば、周囲が10mmの遮蔽を持つ部分の被曝量は1E+4radとなることが、このドーズデプスカーブから読み取れます。ここで、1E+4radという被曝量への寄与している放射線を見てみると、Brems-strahlungとSolar Protonsの寄与がほとんどであることが読み取れます。電子線は遮蔽が少ない部分においては、大きな影響を及ぼしているが、飛程がそこまで大きくはないため、10mm以上の遮蔽の部分には、電子線が到達しないのです。Brems-strahlungとは、日本語では制動放射と呼ばれており、電子線のエネルギーが変化する際に放出されるγ線です。つまりは、宇宙空間にある電子線が遮蔽している物質中でエネルギーを減少させることに伴い、制動放射(γ線)が生成されるのです。γ線やプロトンは飛程が大きいため、10mmという厚い遮蔽を有する場所にも到達することが可能であり、影響を及ぼします。
2, TID試験
ここまで、宇宙環境とTIDの関係を示してきたが、TIDへの耐性を確認する場合、地上において、どのような試験を行っているのかを示します。宇宙機器におけるあらゆる試験においては、その方法が国際的な規格、またはMIL規格で指定されており、一般的な宇宙機器メーカー、または部品メーカーにおいては、その規格通りに試験を実施することが通常です。TIDにおいてもその例外ではなく、TID試験はMIL規格であるMIL-STD-883 Method1019で指定されています。この規格では、試験に適用する放射線源から、照射レート、照射時の状態まで詳細に記載されています。
まず、線源について説明すると、放射線源はコバルト60放射線源で指定されています。コバルト60とは不安定原子核であり、結果として、1MeV程度のγ線を放出する線源です。よって、コバルト60を用いて試験を行なった場合、γ線が照射されることで、デバイスのTID耐性を確認することが可能となります。1章で示した通り、宇宙環境において部品材料に多大な影響を与える原因は、電子線またはプロトンであるが、γ線を用いて試験を行うことが基本となっている理由は、その利便性にあると私は理解しています。宇宙環境にあるような高エネルギーの電子線、プロトンを発生させることは地上でも可能であり、事実そのような装置を使った試験を行う場合もあるが、発生装置が限られていることに重ね、発生装置の電気代など試験費用は非常に高額となります。一方、コバルト60によるγ線は線源を設置することのみで試験が可能なため、現状において試験費用は比較的安価です。ただし、コバルト60からのγ線ではその線量に限界があるため、多大な被曝量を受ける材料(静止軌道の宇宙機構体外部での適用)への試験は電子線照射を用いることが多いです。
続いて、照射レートとはサンプルへ照射される時間単位の被曝量です。部品材料では、その被曝量でのみ劣化度合いが決まるものが多い一方、半導体部品のうちバイポーラートランジスタで構成される部品においては、ELDERS(Enhanced Low Dose Rate Sensitivity)と呼ばれる低線量で被曝がその劣化状態を促進させる効果があることがわかっています。そのため、半導体部品の種類毎に照射レートを指定する必要があります。
3, TID解析と設計マージン
以上、TID試験の方法について説明をしましたが、宇宙用部品の多くは、20krad(Si),50krad(Si),100krad(Si),300krad(Si)等の被曝量で試験を行っており、低軌道衛星で適用する部品の多くは〜50krad(Si)、静止軌道で適用する部品の多くは、100krad(Si)〜の耐性を有する部品です。1章に静止軌道環境15年間分のドーズデプスカーブを示しましたが、静止軌道においては、約5mmの遮蔽を有していてる部分においても100krad(Si)と非常に高い被曝量となるためです。もちろん、遮蔽厚を10mmにすることで、数十krad(Si)の部品の適用可能ですが、10mmの遮蔽厚を全周に設けることは質量の観点で非常に困難です。
上記の通り、必要に応じた遮蔽設計と部品のTID耐性を考慮することで、設計を行なっていきますが、例えば、10krad(Si)の被曝量となる位置に、10krad(Si)耐性の部品を使うことは、許容範囲内とはいえ多少のリスクがあります。そのため設計マージンというものを考える必要がありますが、設計マージンの考え方は、組織により様々です。まず、日本国内においてはJAXA基準が25%マージンのため、25%マージンを考慮した設計を行うことが一般的です。一方、商用衛星の製品保証を定めるISO規格では、20%マージンが規定されているため、商用衛星においては、世界的に20%マージンを求められることも多いです。よって、衛星の種類やその組織にもよりますが、20%から25%の設計マージンを考慮することが必要です。よって、10krad(Si)の被曝量となる位置には、12krad(Si)〜12.5krad(Si)以上の耐性を有する部品を使うことが必要なのです。
4, TID設計まとめ
以上、1章から3章の説明で、TIDに関する宇宙環境から試験、解析、設計の手法について説明しました。以下に宇宙機におけるTID設計の手段をまとめます。①〜⑤の手順で解析、設計を行うことで、宇宙機がTIDによる劣化を許容可能な設計にすることが可能です。なお、⑤の解析は、簡易的に行う場合は、コンポーネント遮蔽の最も薄い部分の遮蔽のみを考慮し、全周がその遮蔽厚に囲まれているいう前提で解析を行います。一方、そのような簡易的な解析のみでは、予想被曝量が部品耐性よりも上回ってしまうことがあります。その場合は、各方面での遮蔽を詳細に見積ることでの解析が必要となります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?