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夢現徂徠

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ロマンの織物/澱物
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#散歩

残夏

 黄昏に音割れした『新世界より』が響く。17時だ。何処から鳴っているのだろう、と見上げた目が西日をかすめて思わずくしゃみが一ツ出る。  もう夕方は半袖だと肌寒い。あれほど囂しかったヒグラシも鳴りを潜めた。そろそろ夕涼みもおしまい、明日から散歩は午前中に戻そうかとてくてく行きつつ考える。  けだし「夕涼み」は夏の季語である。暑かった一日の終わりに涼風を迎える慣わしのことだ。蚊取り線香と風鈴のある縁側や軒先が思い浮かぶ一方、「夕涼みに出る」で散歩を表すこともある。  似たこ

イヌと語れば

 英語、仏語、独語、古希語、簡体字、と学習してきたのは、とどのつまり犬語を解するためのような気がしてならない。6年前に実家の柴犬ケンが亡くなってから、そんなふうに感じるようになった。 「やあ」 「あっ、久しぶり!」 「調子はどうだい」 「おなかすいたよ」  夕方16時半ごろ散歩に出れば、住宅街を闊歩する面々と歓談できる。語学なんでも「習うより慣れろ」の鉄則で、そうして5年はうろうろしてきた。 「なんだ、しけたツラしてんな」 「腹減ってさ。そっちはたらふく食えてるみたいで

王のまなざし

 ひまができたので、多摩動物公園を訪った。めあては園内マップ最北端のオオカミだ。実家で柴犬と暮らしていたこともあり、かねてより会ってみたかった。  閉園まであと一時間、季節外れの暑気で汗だくになりながら早足で坂をふうふう登る。野面の階段を上がったら、いよいよ看板が見えてきた。 「ガシャガシャガシャガシャ」  とたん耳ざわりな音がした。看板の矢印の先に洞穴みたいな下り坂が伸びている、その奥からだ。 「ガシャガシャ──」  急き立てられるように順路を抜けたら、やんだ。人