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『女子大に散る』

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成熟まぎわの花々を活写しつつ条理なき「大学」を剔抉する連作短編集、各4000字程度・第一部として全10話。
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2024年6月の記事一覧

『女子大に散る』 第10話・薑

 臥薪嘗胆が報われて女子大の看護学部に常勤採用を打診されたのは、コロナ禍二年めの春だった。契約を更新した矢先だったが、自分の仕事が前学部長にして稀代の乙女トヨムラ先生の宿願でもあったれば、あと一年くらい時給換算して600円程度でも辛抱できた。 「あら先生、おつかれさま」  定年を過ぎていた先生は、その年度だけ嘱託として残ることになっていた。出勤日は毎週のようにお呼ばれして、お茶とお菓子つきでいろいろ話した。楽しかった。 「いつもご馳走いただいてすみません」 「いいのいい

『女子大に散る』 第9話・蝶よ花よ

 まだ遠慮と物怖じの抜けない四月末の一年生のうち、最初に話しかけてきたのはAさんIさんEさんだった。授業後ヒソヒソキャッキャしては、 「先生──」  春風に吹かれたようにちょっとの距離を駆けてきた。「アア女子大」と悶絶しかけつつ、憂鬱ぎみの顔面つくろい出席簿をつけるふりをしていた。 「はいはいはい」 「あのっ、わたしたち特待生になりたいんです」 「だから『秀』ください」 「なんだそれ!」  本末転倒の要求に思わず笑ってしまった。特待生は年間の成績優秀者から選出される若