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『女子大に散る』

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成熟まぎわの花々を活写しつつ条理なき「大学」を剔抉する連作短編集、各4000字程度・第一部として全10話。
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2024年5月の記事一覧

『女子大に散る』 第8話・パパを探して

 しばらく図書館をうろうろしてから帰路についた。停留所に大学始発バスが待っていた。午後6時を回ってガラガラで、おそらく最終便だろう。これぞ渡りに船と朝タクシーで来たことも忘れて飛び乗ったら、 「あ~せんせ~」  二年生のOさんが降車口そば二人席の先頭をニヤニヤ占めていた。毎度のように三限で一戦まじえてきたところだ。 ──次、Oさん。 ──えっとお、…… ──ん? もっかい。 ──だからあ、…… ──やべえ全然聞こえねえ…… ──エッへせんせおじいちゃん~。 ──最近なん

『女子大に散る』 第7話・桜色ポリティクス

 面接にやってきた午後の女子大キャンパスは、うららかな晴天の下で不気味なほど静かだった。 「どうぞお掛けになって」 「失礼します」  後に講師控室と知ったところで年配の女性と差し向かった。麗しい言葉づかいに誘われてのっけから談笑してしまう。 「先生ずいぶん背が大きいのね」 「それが中身は空っぽなんです」 「あらあら、そんなことないでしょう」  トヨムラ先生は、当時まだ三年めを迎えようとする看護学部の構想段階から関わってきた初代学部長で、ターミナルケアが専門の元看護師で

『女子大に散る』 第6話・えくぼの悪魔

 なんだか気だるくて早めに四限を終えた。ごった煮でよくわからない残り香ただよう教室で、消灯して、窓辺の空調棚に腰掛けてボーッとしていた。  五限始まりのチャイムが鳴った。午後4時半前、同じ階にわりあてられている授業はない。ようやく止んだ梅雨の雲居を静かに青が裂いてくる── 「わっ」  あけっぱなしの前扉から花車がひょっこり、 「びっくりしたあ」 「アハハしなないで」  三年生のSさんだ。相変わらず黒と白を基調に赤の点景をちりばめたゴシック風の粧いが板についている。

『女子大に散る』 第5話・イノチ短シ恋セヨ乙女

 はやばや女子大勤めにも慣れて無聊に喘ぎだした春、百名足らずの新入生のうち最初に顔と名が一致したのはUさんだった。五月連休明けの授業後、教科書を手にやってきた。 「せんせえ」  普段耳にしている間延びの「せんせ~」とは異なる十数年ぶりの「感性」に同じ抑揚で、一瞬返事に窮してしまった。いつも廊下側の前方に一人で座っている理由が閃光していたのである。 「……せんせえかあ」 「あっすみません──」  漏らした感慨にきれいな奥二重が伏せってしまい、あわてて釈明する。 「いや

『女子大に散る』 第4話・Kの墜落

 Kも非常勤講師で、担当は語学ではなく専門科目だが、いわば同僚だった。初出勤の四月第二週火曜、ぶじに授業を終えて出勤簿に押印しようと講師控室へ寄ったら出くわした。 「あっ、お疲れさまです~」  世慣れたふうの語尾上げは160センチ少々の痩せぎすにぶかぶかリクルートスーツ姿である。袖に見え隠れする骨ばった手首、角刈りをふた月放っておいたような野暮ったい髪型にシミシワひとつない白皙の顔色で、まさか中学生かしらと疑りつつも、とんがった喉仏と青々しいヒゲ剃り跡に危なげなく「やや年